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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5567号 判決

原告 株式会社丸美屋食料品研究所

被告 丸美屋食品工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の請求の趣旨及び原因並びにこれに対する被告の答弁は別紙準備書面記載のとおりである。なお、原告は不正競争防止法第一条第二号にもとずく請求を撤回した。

証拠関係は、

原告において、甲第一、第二号証、第三号証の一ないし四、第四、第五号証の各一、二、第六ないし第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし六、第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二号証、第二三号証の一、二、第二四号証、第二五号証の一ないし一二、第二六ないし第三〇号証の各一、二、第三一ないし第三三号証、第三四号証の一、二、第三五号証、第三六号証の一、二、第三七号証の一ないし六、第三八号証、第三九号証の一、二、第四〇ないし第四七号証、第四八号証の一、二、第四九ないし第五二号証を提出し、証人佐藤幸作、丹野喜一郎、新倉長次郎、佐藤米蔵、米川一男、深井貫市及び原告会社代表者の尋問を求め、

乙第一ないし第三号各証、第五ないし第一二号各証(但し、第九号証の二を除く)、第二九号証、第三一ないし第三三号各証、第三五ないし第四一号各証、第四八、第五〇号証の成立を認め、その他の乙号各証の成立は不知、検乙第一号証に関する被告の主張は否認すると述べ、

被告において、乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五、第六号証の各一、二、第七、第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇、第一一号証、第一二号証の一、二、第一三ないし第二三号証、第二四号証の一、二、第二五、第二六号証、第二七号証の一ないし一九、第二八号証の一、二、第二九、第三〇号証、第三一号証の一、二、第三二ないし第三五号証、第三六号証の一、二、第三七ないし第四〇号証、第四一号証の一、二、第四二ないし第四四号証、第四五号証の一、二、第四六号証の一ないし八、第四七、第四八号証、第四九号証の一、二(但し、二は一ないし三一)、第五〇ないし第五二号証及び検乙第一号証を提出し、被告会社は乙第五号証の契約締結当時から「是はうまい」の容器として検乙第一号証の瓶を使用していたものであつて、瓶底及び蓋にの表示のあることを立証すると述べ、証人橋本英雄、田沢武言、滝沢俊、阿部章次、大槻房吉及び被告会社代表者の尋問を求め、甲第三号証の四、第四、第五号証の各一、二、第一〇ないし第一二号証、第一四ないし第一七号各証、第二二号証、第二七ないし第三一号各証、第三三ないし第三七号各証、第四六、第四七号証、第五〇ないし第五二号証の成立を認め、その他の甲号証の成立はいづれも不知と述べた。

理由

原告会社が昭和六年一月亡甲斐清一郎の経営していた丸美屋食料品研究所の事業を継承して設立された会社であつて、その商号である株式会社丸美屋食料品研究所の商号を使用して、ふりかけ食「是はうまい」の製造販売をしていた会社であること、その製品「是はうまい」が三越本支店、明治屋本支店、二幸、逸見山陽堂、玉木屋等を通じて戦前ひろく内地に販売され、ごく少量の製品は朝鮮、台湾等の外地にも販売されていたこと、そして原告会社が昭和二〇年三月戦災によつて工場及び設備の一切を焼失し、昭和二一年三月その本店を東京市荒川区から熊本市に移転し、その後当分の間休業していたことは当事者間に争がなく、また、被告会社が昭和二六年四月二一日肩書地を本店所在地として設立された会社で、ふりかけ食等の製造販売を業とし、その商号を「丸美屋食品工業株式会社」と定めてこれを登記し、右商号を使用して、ふりかけ食「是はうまい」の製造販売をしていることも当事者間に争がない。

原告会社は被告会社に対して不正競争防止法第一条第一号及び商法第二〇条第一項の規定にもとづいて「丸美屋食品工業株式会社」なる商号の使用の差止を請求すると主張する。

そこで、まづ、原告会社の商号がその製品たる「是はうまい」の商品の表示として広く認識せられたものであつたかどうかの点から検討する。

原告会社の製品たる「是はうまい」が、戦前、有力な問屋筋を通して広く日本内地に販売されていたことは、前記のとおり、当事者間に争がない。そして、この事実と証人佐藤幸作、丹野喜一郎、新倉長次郎、佐藤米蔵の各証言、原告会社代表者の陳述及び右陳述によつてその成立を認めることのできる甲第六号証、同第七号証、同第四五号証を綜合すると、戦前、日本内地には類似のふりかけ食として「とてもうまい」、「なるほどうまい」などと名づけたものも販売されていたが、原告会社の「是はうまい」はふりかけ食としては最も著名で、その販売量も多く、昭和一三年二月一日から翌一四年一月末日までは原告会社の売上総高三八万九千余円のうち三割から三割五分位を占め、昭和一五年二月一日から翌一六年一月末日までは原告会社の売上総高四八万六千余円のうち同じく三割から三割五分位の割合を占め(「是はうまい」の売上総高における割合は被告会社の代表者の陳述によつてこれを認める)、有名問屋を通じて広く販売され、一流のメーカー品として広く業界に知られ、「丸美屋」の「是はうまい」として業界に親しまれ、「丸美屋」の商号と「是はうまい」の名称は一体不可分のものとして広く業界から認識され、この認識ないしはその声価は終戦後の原告会社の休業中も業界人の記憶に残り、被告会社が設立されてその活動をはじめた昭和二六年頃までなお業界に残存していて、一部の業者には被告会社は原告会社の再興として映じた事実を認めることができる。証人大槻房吉の証言のうち原告会社の「是はうまい」は戦前においても周知性のある商品とはいえないものである旨の供述は前記の各証拠に対比してとうてい採用できない。また、被告会社の代表者の陳述によつては右認定を覆すに足りず、その他右の認定を左右するに足る確証はない。したがつて、原告会社の商号は戦前戦後を通じて「是はうまい」の商品表示として日本内地において広く認識せられていたものといわねばならない。被告会社は、この点につき、もし周知されていたものがあるとすれば、それは原告会社の商号ではなく「是はうまい」というふりかけ食の名称にすぎないというが、いやしくも「是はうまい」の名称が周知されている以上、一般消費者はとにかくとして、業界においては「是はうまい」の製造販売元たる原告会社の商号も自ずから広く知られるに至るべきことは事理の当然であるから、被告会社のこの主張は採容できない。

そこで、進んで、被告会社が「丸美屋食品工業株式会社」なる商号を使つて、ふりかけ食「是はうまい」を製造販売している行為が果して、原告会社のいうように、不正競争防止法一条一号に違反する行為かどうかを検討する。

原告会社が昭和二〇年三月戦災によつて工場施設を失い、翌二一年三月本店を熊本市に移転し、その後当分の間休業していたことは前示のとおりである。そして、原告会社は、その生産再開について、「昭和二五年夏に至り漸く生産を再開して月産平均百貫以上を製造販売し、昭和二七年七月には日産八十貫以上の製造を見るに至り、その後順調に発展を重ねているものの、未だに戦前の実績を回復するに至つていない実情にある」といい、被告会社は原告会社は昭和二九年になつて漸く九州の一角において営業を再開するに至つたもので、それまでは休業していたものであるという。よつて按ずるに、成立に争のない乙第三二号証、同第四八号証(米川一男の供述調書)と証人米川一男の証言の一部及び原告会社代表者の陳述を綜合すれば、原告会社は昭和二一年三月本店を熊本市に移転した後約四年間は全く休業していたが、昭和二五年夏頃から原告会社の代表者渋谷龍一郎が訴外米川一男の食酢工場の一部を借受けて渋谷龍一郎個人の企業としてごく小規模に「是はうまい」の製造をはじめ、その製品を熊本市内の知人に売り捌いていたが、昭和二七年七月右米川の協力を得て合資会社丸美屋食料品研究所を設立し、右合資会社の名においてやや本格的に「是はうまい」の製造販売をはじめ、その販路も熊本市内から大牟田、荒尾地区にのび、同年一〇月頃には明治屋福岡支店とも取引関係を結ぶようになり、同支店を通じて一部の製品が仙台、福島等にも出るようになつたこと、そして、昭和二九年一一月になつて初めて原告会社の事業を再開して合資会社の営業を事実上引き継いだものであることが認められる。したがつて、原告会社が営業を再開して「是はうまい」の製造販売をはじめたのは昭和二九年一一月からであつたといわなければならない。

一方、被告会社の事業活動をみると、被告会社の代表者の陳述によりその成立を認めることのできる乙第五一号証によれば、被告会社における「是はうまい」の売上高は昭和二六年度は五千二百余万円、昭和二七年度は七千七百余万円、昭和二八年度は一億一千六百余万円、昭和二九年度は一億三千五百余万円であることが認められ、この事実に証人橋本英雄、田沢武言、滝沢俊の証言及びこれによつて成立を認めることのできる乙第四四号証、証人阿部章次、大槻房吉の証言及び被告会社代表者の陳述並びに右陳述によつてその成立を認めることのできる乙第四二号証、同第四九号証の一、二を綜合すれば、被告会社の「是はうまい」は昭和二六、七年までは東京を中心として主としてその近県に売り捌かれていたが、昭和二七年一〇月頃から大いに宣伝につとめた結果、食糧事情などと相待つて急速にその販路を拡げ、著名問屋の取扱品として全国各地に販売され、原告会社がその営業を再開した昭和二九年一一月頃にはすでに業界に確固たる地位を獲得し、一流メーカー品として業界に広く知られるに至つていた事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足るような資料はない。したがつて、被告会社の商号は原告会社が営業を再開した頃には「是はうまい」の商品表示としてはすでに周知性を取得していたものといわなければならない。

次ぎに、原被告両会社の「是はうまい」の混同関係及びその競争関係をみると、証人阿部章次の証言及び原被告両会社の各代表者の陳述によれば、被告会社の製品たる「是はうまい」が先づ北九州に進出したが、その後で合資会社丸美屋食料品研究所の「是はうまい」も同方面に売出されるようになり、昭和二八年の春頃か、なかば頃から両者の「是はうまい」が北九州の市場で混在するようになつたこと、その後、昭和二九年三月二七日に原被告両会社間に「是はうまい」に関し、「一、名称、商標は従前通りとする。一、販売区域は被告会社は四国、本洲、北海道とし、原告会社は九州一円とする。一、被告会社は原告会社に対して金五〇万円を昭和二九年中に支払う」との協定が成立したが-この協定が成立したことは当事者間に争がない。そして、この協定の効力が現に存続するのか、それとも解除によつてすでに失効したものであるのかの点については深刻な争があり、また、名称及び商標のうちに商号をふくむかどうかについても争があるが、後記のように、本訴においてはこの点にまで論及する必要がないと思われるので、これらの点についての判断は省略する-その後原告会社が東京に進出し、昭和三〇年四、五月頃から訴外小野岡商店を通じてその製品を東京方面に販売するようになつてから所謂商売仇として顕在的な競争関係に入つたことが認められる。また、成立に争のない甲第四、第五号証の各一、二、同第四六号証、原告会社代表者の陳述及びこれによつてその成立を認めることのできる甲第三九号証の一、二、同第四〇号証を綜合すると、原告会社の製品「是はうまい」と被告会社の製品「是はうまい」は、その名称が同一であり、容器、商標もきわめて類似している上に両社の商号が類似しているため市場において混同されている事実が認められる。この点につき、被告会社は、両社の商号は同一又は類似の商号ではないというが、取引界においては一般に会社の商号は所謂フール・ネームで通用するものではなく、その主要部分によつて略称され、それが漸次慣用されて商品の表示としての意味をも持つものであることは公知の事実である。両社の商号たる「株式会社丸美屋食料品研究所」と「丸美屋食品工業株式会社」の商号はともに「丸美屋」の三字をもつてその主要部分とするものであつて、現に被告会社の製品も業界において「丸美屋の是はうまい」と呼称されていることは証人橋本英雄の証言によつても明らかであるから、被告会社の右の主張は採容できない。要するに、原被告両会社の商号は類似商号であつて、この類似商号の使用が両社の商品について混同を生ぜしめる一因をなしているものといわなければならない。

右に認定した事実に基いて判断すれば、原告会社が戦後も引き続いて「是はうまい」の製造販売を続けていたと仮定した場合は勿論のこと、たとえ休業していたとしても、もし被告会社の設立と時を同じくして昭和二六年四月頃から本格的に「是はうまい」の製造販売を再開していたとすれば、原告会社は被告会社に対して、不正競争防止法第一条第一号にもとづき、被告会社はその製品たる「是はうまい」に広く認識せられた原告会社の商号と類似の商号を使用してその製造販売をなし、よつて原告の製品たる「是はうまい」と混同を生ぜしめる行為をしているものとして、その商号の使用の差止を請求することができたであろう。しかしながら、前段認定のように、原告会社が終戦後その営業を再開して「是はうまい」の製造販売を開始したのは昭和二九年一一月なのであるから、原告会社の製品と被告会社の製品が市場において混同誤認されるようになつたのは生産再開後の昭和二九年一一月以降であるとみなければならない。そして、その頃にはすでに被告会社の製品たる「是はうまい」が業界に確固たる地歩を占め、被告会社の商号が原告会社の商号に代つて「是はうまい」の商品表示として広く認識せられていたのであるから、原告会社は被告会社に対して不正競争防止法第一条第一号にもとづいてその商号の使用を差止めることができず、同法第二条第一項第四号前段の規定により、被告会社の商号が広く認識せられる以前から類似の商号を使用している者として商号続用の保護をうけ得るにすぎない地位にあつたものと解しなければならない。したがつて、同法第一条第一号にもとづいて被告会社に対して商号の使用の差止を求める原告会社の請求はその理由がない。なお、念のため一言すれば、「是はうまい」の商品表示として業界において広く認識せられていた商号は、前記のように「株式会社丸美屋食料品研究所」又は「丸美屋食品工業株式会社」というフール・ネームの商号ではなく、「丸美屋の是はうまい」という呼称によつて示されているように「丸美屋」という略称なのであるから、実情に即して「丸美屋」の呼称にポイントを置く限り、原告会社の商号も依然として周知性を有していたもののようにみえないでもない。しかしながら、不正競争防止法における商品表示としての商号は業界において略称されているいわゆる商号の通称ではなく、当該通称の基本となつているフール・ネームの完全商号なのであるから、被告会社の製品たる「是はうまい」が「丸美屋の是はうまい」として周知性を獲得した以上、「丸美屋」の表示によつて広く認識せられることになつた商号は被告会社の商号であるとみなければならない。そして、この点は証人橋本英雄の証言からも容易に窺えうるところである。前段認定のように、戦前戦後を通じて「是はうまい」と「丸美屋」という通称は一体のものとして業界において広く認識されていたのであるが、原告会社は長期にわたつて休業し、その休業期間中に被告会社が類似商号を使用して大いにその業績を発展せしめた結果、被告会社の商号が原告会社の商号に代つて「丸美屋」の通称の下にその周知性を取得するに至つたものと解するのが相当であると考える。なお、蛇足を加えれば原告会社は前段認定のように訴外合資会社丸美屋食料品研究所の営業を引き継いだものであり、右訴外会社の製品たる「是はうまい」と被告会社の製品たる「是はうまい」は昭和二八年春頃から北九州の市場において混在しており、しかも当時は、被告会社の商号は未だ「是はうまい」の商品表示として広く認識せられたものとはいい難い状態にあつたのであるから、右訴外会社には被告会社に対して商号使用の差止請求権があり、したがつて、右訴外会社からその営業を引き継いだ原告会社にもその差止請求権を認むべきではあるまいかというような疑念がありうるかも知れないが、「是はうまい」の本来の周知商号は「株式会社丸美屋食料品研究所」なる原告会社の商号なのであつて、「合資会社丸美屋食料品研究所」なる訴外会社の商号なのではない。訴外会社の商号も被告会社の商号もともに類似商号なのであつて、しかも、訴外会社の商号が当時「是はうまい」の商品表示として広く認識せられていたことはこれを認めるに足る証左がないのであるから、前記の如き疑は全く成立の余地のないものであることを附記しておく。

右のような解釈に対しては、被告会社は原告会社の製品たる「是はうまい」の従前の声価も利用し、「是はうまい」の商品表示として広く認識せられていた原告会社の商号とことさらに類似の商号を使用して「是はうまい」を製造販売し、これによつてその営業を有利にし、原告会社に代つて業界における地位を確立するに至つたのであるから(これらの点は後段認定の事実と弁論の全趣旨によつてこれを推認できる)、原告会社に対して不正競争防止法第一条第一号の保護を拒否すべき理由はないというような異論があるかも知れない。しかしながら、こうした議論は結局において老舖を老舖として保護せよということに帰着し、不正競争防止法の問題ではないように思われる。何故ならば、同法第一条第一号は、現に流通過程にある周知性のある商品が同一又は類似の表示をほどこされた他の商品と混同され、取引界に不当な混乱の生ずることを防止することを目的とするものであつて、いわゆる老舖を老舖として保護することを目的とするものではないからである。このことは、同条同号が差止の対象を「他人の商品と混同を生ぜしめる行為」に限定し、かつ、当該行為によつて営業上の利益を害せられる虞ある者に広く差止請求権を認め、いわゆる老舖権者にこれを限定していないことからも容易に窺えることである。老舖の保護は別個の法律上の救済手段によるべきものであつて-本件の場合が保護に値いする要件を備えているかどうかはもとより別個の問題である-過去の業績を云々して不正競争防止法第一条第一号の適用を主張することは明らかに筋違いのことであると思われる。なお、休業との関係について一言すれば、臨時の故障によつて一時休業しているような場合には、それが取引界において通常予想される範囲に属するものである限り、相手方の競業によつて現実に相互の商品について混同が生じていない場合にも、他の要件が充足されている限り、なお、不正競争防止法第一条第一号による保護を与えるべきものであらう。何故ならば、同条同号は取引界における通例の事態を前提として解釈せらるべきものであるから、当該の休業が取引界における通例の事態に属するものである場合には、たまたま作業中で当該の商品が市場に現われていないからといつて同条同号の保護を拒むことは妥当を欠くからである。のみならず、こうした場合には休業者が事業を再開して彼我の商品について現実に混同が生ずるに至つた場合に、広く認識せられた表示をもつ商品は競業者たる相手方の商品ではなく再開者の商品であるのが通例であるから、再開者が同条同号の保護をうけ得ることは多く疑がないが、本件の場合は全くこれと事情を異にしているのである。すなわち、原告会社がその事業を再開したのは、前段認定のように、終戦後九年を経過した昭和二九年一一月であつて、被告会社がすでに原告会社に代つて業界にその地歩を確立した後のことなのであるから、原告会社が休業中であつたことを理由として同条同号の保護を与えることはできない。これを要するに、不正競争防止法第一条第一号によつて被告会社に対して商号の使用の差止を請求する原告会社の第一次の請求は、すでに右の諸点において、その理由がないものというの外はない。

次ぎに、原告会社は、被告会社は不正の競争の目的をもつて類似の商号を使用するものであるから、商法第二〇条第一項の規定によつてその使用の差止めを請求すると主張する。

被告会社の代表者である阿部末吉が昭和六年原告会社の設立と同時にその取締役となり、爾来、原告会社の業務に直接関与してきた者であり、被告会社の発起人であり、かつ、取締役でもある塩坂国士も曽つて原告会社に雇われ、ふりかけ食の製造に従事していた者であることは当事者間に争いがなく、これらの事実と成立に争のない甲第二二号証、同第一二号証及び乙第三二号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、被告会社は原告会社の製品たる「是はうまい」の従前の声価を利用するため、ことさらに原告会社の商号と類似の商号を使用し、あたかも原告会社の後身なるが如く行動してその業績の発展をはかつた事跡を窺うことができる。被告会社の代表者の陳述のうちこの認定に反する部分は措信しない。しかしながら、こうした事跡があつたからといつて直ちに被告会社に不正の競争の目的があつたと速断することはできない。不正の競争の目的があつたといいうるためには、少くとも被告会社において原告会社と競業ないしは競争の関係にあることを認識していたことが先決要件であるが、前段認定のように被告会社の設立当時には原告会社は未だ被告会社と競業ないし競争の関係に立ち至つていなかつたのであるから、被告会社が原告会社とのかかる関係を意識して故らに類似商号を選定使用したものとは認め難くその他被告会社が不正競争の目的をもつて類似商号を使用している事実は原告会社の全立証によつてもこれを認めるに足る資料がない。したがつて、この点に関する原告会社の請求も排斥を免かれない。

右のとおり、不正競争防止法第一条第一号及び商法第二〇条第一項の規定によつて被告会社に対して商号の使用の差止を求める原告会社の請求は、爾余の争点について判断するまでもなく失当なること明らかなので、訴訟費用の負担にき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

準備書面(原告第四)

原告 株式会社丸美屋食料品研究所

被告 丸美屋食品工業株式会社

右当事者間の商号使用禁止等請求事件について、原告は、本訴における請求を減縮し、且つ主張事実を整理して次の通り陳述する。

第一、原告の請求を左の通り減縮する。

請求の趣旨

一、被告は原告に対し丸美屋食品工業株式会社なる商号を使用してはならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

第二、請求原因

一、原告会社の前身は、原告会社の初代社長訴外亡甲斐清一郎の経営に係る個人商店であつたが、その会社設立までの経緯は次の通りである。

(1)  亡甲斐清一郎は、食品研究家として知られたが、大正の初年新潟地方に旅行した際偶々有名な料亭鍋茶屋において供された土地の名物鯛茶料理の一種独得な風味にヒントを得て、ふりかけ食の研究に没頭し、苦心惨憺の末大正五年遂に煮干魚粉に海苔、胡麻等を混入して味付をなしたふりかけ食を創案し、頭初これに「嗚呼うまい」と命名して製造発売したが、間もなくその名称を「是はうまい」と改称した。

(2)  甲斐清一郎は、当時既に丸美屋食品研究所なる商号を使用して食料品製造販売業を営んでいたが、その創案した前記「是はうまい」の売行が好調に進展したので、昭和三年十二月には東京府北豊島郡尾久町に進出し、東京を中心として全国的に「是はうまい」の販売拡布につとめた結果、その製品殊に「是はうまい」の売行は益々増大したので、昭和六年一月三十一日遂に個人経営の形態を改め従前の経営組織一切を継承して東京市荒川区尾久町五丁目一、二一〇番地に食料品の製造販売を主たる目的とする原告会社を設立してその登記を了した。

二、原告会社設立後も「是はうまい」の売行は逐年増大し、その販路は、戦前において日本内地は固より、遠く朝鮮、台湾、関東州、中国、満洲より更に南洋群島、ハワイにまで及び、三越本支店、明治屋本支店、二幸、逸見山陽堂、玉木屋その他全国の著名食料品店は殆どすべてその得意先となり、従つて原告会社の従業員数も常時五、六十名、盛業時は九十名乃至百名を擁し、年間五十万円に垂んとする売上高を見るに至り、文字通り全国的に著名食料品会社となるに至つた。

三、しかるに昭和二十年三月戦災のため原告会社は工場及び設備の一切を焼失したため、同二十一年三月再建を期して一先ず熊本市に本店を移転したのであるが、原料資材等の入手難のため、暫く生産中絶を余儀なくされたが、昭和二十五年夏に至り漸く生産を再開して月産平均百貫以上を製造販売し、昭和二十七年七月には日産八十貫以上の製造を見るに至り、その後順調に発展を重ねているものの、未だに戦後の実績を回復するに至つていない実情にある。

しかし戦前、戦時を通じ数十年の長きに亘り「丸美屋の是はうまい」、「是はうまいの丸美屋」として広く且つ深く食料品業界並びに需要者の間に侵透せる原告会社の名声は、僅か数年間の生産中絶によつては到底払拭され得べくもなく、現に脈々として存在しており、原告会社の商号は、その製品たるふりかけ食「是はうまい」の名称と共に、不正競争防止法施行地域内において広く認識せられて今日に至つている。

四、被告は昭和二十六年四月二十一日設立せられ、ふりかけ食等食料品の製造販売業を開始したが、

(1)  その設立に当り原告の商号と極めて類似する「丸美屋食品工業株式会社」なる商号を定めてこれを登記し、右類似商号を使用して営業、殊に「是はうまい」と名付けたふりかけ食の製造販売を開始したため、取引業者並びに需要者をして原告会社の営業活動と著しく混同を生ぜしめている。蓋し、「是はうまい」の丸美屋乃至丸美屋食品等と呼称するときは、著名なる原告会社を想起することは極めて自然だからである。その結果被告会社は原告会社の得意先であつた三越各店、明治屋各店その他を得意先として奪取することに成功したのであつて、右類似商号の使用を継続されるにおいては、原告は更に同様の営業上の損害を蒙る虞がある。

(2)  被告はその製品たるふりかけ食「是はうまい」の容器に右類似商号を印刷したレツテルを貼布使用してこれを販売拡布したため、業者並びに需要者をして恰もその製品が著名なる原告会社の製品「是はうまい」なるかの如く商品の混同を生ぜしめており、原告は是により営業上損害を蒙る慮がある。

よつて、原告は、不正競争防止法第一条第一号及び第二号に基き被告に対し右類似商号の使用の禁止を求める。

五、仮に以上第一次的請求が理由なしとすれば、原告は予備的に次の請求原因を主張する。

原告会社が株式会社丸美屋食料品研究所なる既登記商号を有して食料品、殊にふりかけ食「是はうまい」の製造販売を営んでいること、並びに被告が原告の商号と類似の商号を使用していることは既述の通りであるが、被告は右類似商号を不正競争の目的を以て使用している。

(1)  被告会社の設立に当つた発起人であり、且つ設立と共に代表取締役社長に就任した訴外阿部末吉は、昭和四年五月末個人経営時代の丸美屋食料品研究所に外交員として雇われ就職し、昭和六年原告会社設立と同時に取締役となり爾来昭和二十一年春辞任退社するまで原告会社の役員として原告会社の業務に直接関係した者であり、また被告会社の発起人且つ現取締役たる塩坂国士も亦曾て原告会社に雇われ、ふりかけ食の製造業務に従事したものであるから、右同人等は、被告会社を設立するに当り右類似商号を使用するにおいては、原告会社に対しその商号専用権を侵害するに至るべきことを当然且つ十分に知悉していた筈である。

(2)  被告会社代表取締役の前記阿部末吉は、原告会社は戦災のため昭和二十年解散したものであり、阿部末吉は故甲斐清一郎の意思を受け継ぎ、解散せる会社再興のため被告会社を設立したものである旨、恰も被告会社が本家本元の丸美屋食料品研究所の正統後身であるかの如く虚偽の宣伝をしている。

(3)  右阿部末吉は、原告会社初代社長甲斐清一郎を恰も被告会社の初代社長なるかの如く錯覚せしめるような虚偽の宣伝をしている。

(4)  而も被告会社は、原告会社と全く同種の営業を営むため、右の類似商号を使用している。

(5)  特に、被告会社は、その製品たるふりかけ食に原告会社のふりかけ食「是はうまい」の周知名称を盗用し、その容器として原告会社の初代社長甲斐清一郎の考案に係り且つ原告会社の永年使用する菱型ガラス壜と酷似する菱型ガラス壜を使用し、更に右甲斐清一郎の創案に係り且つ原告会社が多年使用中のラベルの図案を盗用してこれに僅少の変更を加えたのみでそれを自社の商標として登録を受け、これらを使用して原告会社の「是はうまい」と商品の混同を生ぜしめて販売拡布している。

以上を綜合すれば、被告会社は不正競争の目的を以て敢て原告会社の商号と類似の商号を選定使用していることが明らかであるから、原告は商法第二〇条第一項に基き被告に対し右類似商号の使用の禁止を予備的に請求する。

第三、被告の抗弁事実に対する弁駁

昭和二十九年三月二十七日原被告間にふりかけ食「是はうまい」に関して「名称、商標は従来通りとする、販売区域は被告は四国、本州、北海道とし、原告は九州一円とする。被告は原告に対し金五十万円を昭和二十九年中に支払う。」旨の契約が成立したことは認める。しかし、

(一) 右契約は原被告双方の製品中ふりかけ食「是はうまい」のみに関するものであり、而もその販売区域の協定を主眼とする契約であつて、商号使用の点については毫末も関係するものでないことは、契約文言に徴して明らかである。

事実、商号について当事者双方何等かの契約を締結するの意思は全然これを有せず、またそれについて何等の話合も行われたこともなかつた。従つて右契約の成立は、原告の商号使用禁止の請求について本来何等の妨げとなるものでない。

(二) 百歩を譲つて、右契約の成立が被告の商号使用の容認に関係があるとするも、左の事由により右契約自体が既に失効している。即ち

(イ) 被告は右契約締結後右契約に違反してその製品たるふりかけ食「是はうまい」を九州全域に亘り引続き販売したから、原告は昭和二十九年七月末頃被告に対しその代理人阿部章司を通じて口頭でその中止方を申入れ、更に同年十月九日付書面を以てその中止方を被告に申入れて、再度に亘り右契約による債務(九州地区への販売をしないという不作為債務」の履行を催告したに拘らず、被告は依然違反行為を反覆し却つて積極的に九州地区への売込を策するに至つたので、原告は同年十月二十六日発信一両日後到達の内容証明郵便を以て被告に対し右契約を解除する旨の意思表示をしたから、右契約は右郵便到達と同時に解除により終了した。

(ロ) 仮に右(イ)の解除の意思表示の効力が認められないとするも、前記契約はその後において適法に解除された。

即ち、

被告は右契約後その製品たる「是はうまい」を九州全域に亘り引続き販売したため、昭和二十九年十月下旬原告から前記(イ)の契約解除の意思表示を受けたに拘らず、依然として毫もその態度を改めず、昭和三十年七月には抽籤券付大売出しと称し極めて多量の製品を九州地区に宣伝販売する等の挙に出で、剰え被告は九州地区に対しても右契約締結当時販売していた程度の数量は右契約に拘らず原告と競合的に販売できる旨の特約があつた等と虚構の事実を捏造して公言し、原告に対して明確且つ積極的に履行拒絶の意思を表明して契約違反を継続したので、原告は昭和三十一年四月二日内容証明郵便で被告に対し右契約を解除する旨の意思表示を発し右郵便は同月三日被告に到達したから同日右契約は解除により終了した。

被告の債務不履行については既に前記(イ)の契約解除がなされているのであつて、これに対し被告が叙上の如く積極的に履行拒絶の意思を明確に表明して公然契約違反を敢行した場合には、改めて催告をなし、相当期間の経過を待つの必要はないと解すべきであるから、催告を経ずしてなされた右解除は適法である。

(註) 昭和五年(オ)第三〇二一号同六年十一月十四日大審院第三民事部判決、昭和三年十二月十二日大審院第四民事部判決、民事判例集七巻一二号一〇八五頁、小町谷操三氏著(判例商法)総則・会社・商行為編二一四頁以下、なお昭和三年度判例民事法第一〇二号事件鈴木竹雄氏評釈等御参照)

(ハ) 仮に右(ロ)の解除の意思表示が原告主張の通りにはその効力を認められないとするも、被告の債務不履行を事由としてなした前記(イ)の契約解除の内容証明郵便には、「被告の製品は契約後現在迄引続き九州全域に亘り販売されている。これは契約違反行為であつて被告には契約履行の意思なきものと認めざるを得ない。因て原告は契約を解除する。被告が昭和二十九年十一月十日迄に何等の意思表示を行わぬ場合は原告は被告がこれを承認したものと看做す」旨を記載して通知したものであるから、これを以て有効な履行の催告と認めるべく、従つてその後昭和三十一年四月二日附内容証明郵便によつてなした前記(ロ)の解除は右催告後相当の期間経過後になされた有効な契約解除の意思表示というべく、同年四月三日被告に右意思表示が到達すると同時に右契約は適法に解除により終了したものである。

従つて被告が右契約を云為として原告の本訴請求を排斥することは到底許されない。

右の通り陳述する。

準備書面(被告第四)

「原告の昭和三十一年十二月四日附準備書面(原告第四)に対して」

第一、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因に対する答弁

(一)、請求の原因に対する認否

一、請求の原因第一項記載事実について

(一) 原告会社の前身が原告主張の如き個人商店であつたことは認める。

(二) (1)  同項(1) のうち、

1、訴外亡甲斐清一郎が大正五年にふりかけ食を創案したとの事実は否認する。

ふりかけ食なるものはこれより遙かに古くから存在したものである。

2、原告会社が原告主張の頃、そのふりかけ食を「是はうまい」と称するに至つたことは認める。

3、その余の事実は不知である。

(2)  同項(2) のうち

1、訴外亡甲斐清一郎が原告主張の如き商号を使用して食料品の製造販売業を営んだこと、並びに原告主張の頃、原告会社を設立して、従前の経営組織一切を継承したことは認めるも

2、その余の事実は否認する。

二、同第二項記載事実について、

(一) 原告会社の製品「是はうまい」について、三越本支店、明治屋本支店、二幸、逸見山陽堂、玉木屋が得意先となつたこと、並びに極めて少量の製品が(たまたま問屋を通じて)外地にも出たことがあるのは認めるが、

(二) その余の事実は否認する。

三、同第三項記載事実について

(一) 原告会社が原告主張の如く戦災に遭い、且つ、原告主張の地に本店を移転したことは認めるも、

(二) その余の事実は否認する。

原告会社は昭和二十九年に到り漸く九州の一角に於て営業を再開するに至つたに過ぎない。

四、同第四項記載事実について、

(一) 被告会社が原告主張の日に設立され、原告主張の如き製造販売を開始したことは認める。

(二) (1)  同項(1) のうち

1、被告会社がその設立に当り「丸美屋食品工業株式会社」なる商号を定めてこれを登記し、右商号を使用して営業、殊にふりかけ食の製造販売を開始したことは認めるも、

2、その余の事実は否認する。

(2)  同項(2) のうち

1、被告会社がその販売するふりかけ食の容器に「丸美屋食品工業株式会社」なる商号を印刷したレツテルを貼布使用してふりかけ食を販売拡布したことは認めるも、

2、その余の事実は否認する。

五、同第五項記載事実について

(一) 被告会社が丸美屋食品工業株式会社なる商号を使用することが原告主張の如く不正競争の目的に出たものであることは否認する。

(二) (1)  同項(1) のうち、

1、被告会社発起人で代表取締役である阿部末吉が原告会社設立と同時に取締役となり、(但し、専務取締役であつた)昭和二十一年春、退任(但し意思に反して辞任の旨登記されたもの)するまで原告主張の如く原告会社の業務に直接関係した者であること、並びに訴外塩坂国士が原告主張の如き地位、経歴を有することは認めるも、

2、その余の事実は否認する。

(2)  同項(2) の記載事実は全部否認する。

(3)  同項(3) の記載事実は全部否認する。

(4)  同項(4) の記載事実は全部否認する。

(5)  同項(5) のうち

1、被告会社がその製造販売するふりかけ食に「是はうまい」の表示を使用し、その容器に菱型ガラス壜を使用していること、並びに商標登録を受けたこと、(但し詳細は後述する)は認めるも

2、その余の事実は否認する。

(二)、請求の原因に対する反駁

一、原告の不正競争防止法第一条第一号及び第二号に基づく主張(原告第四準備書面第二段請求原因第一項乃至第四項)に対して、

(一) 原告会社商号の周知性乃至顕著性につき

原告は原告会社の商号が不正競争防止法施行地域内において「広ク認識セラルル」ものであることを主張しようとして縷々陳述するので、これにつき事実を明らかにする。

(1)  まづ原告は訴外亡甲斐清一郎がふりかけ食を創案したと主張するが、

ふりかけ食は同人によつて大正五年に始めて我が国に誕生したのではなく、それよりも遙かに古くから既に存在したものである。

(2)  原告は訴外亡甲斐清一郎が「是はうまい」の宣伝拡布につとめた結果、その製品殊に「是はうまい」の売行が益々増大したので昭和六年原告会社を設立したと主張するが、

(イ) ふりかけ食「是はうまい」は原告主張の項、原告主張の如く全国的に販路をもち、周知されていた事実はなく、全国的に販路を獲得し、周知喧伝されるに至つたのは後述の如く、被告会社において戦後、業界及び新聞その他凡ゆる手段を講じ巨額の宣伝費(昭和三十二年一月三十一日現在において金七千四百三十六万円)をつかつて宣伝周知に努力した結果である。かつての原告会社は設立以来、業界にも新聞にも広告宣伝した事実はなく、全国的に云々ということは全然なかつたのである。

(ロ) 又原告会社は個人商店時代にその製品の売行が増大したからではなく、会社の方が対外的に通りがよいという程の理由で設立されたものにすぎない。

(3)  原告は原告会社の製品たる「是はうまい」の販路が戦前において国外にまで及んだと主張するが、

原告主張の如き地域にまで「是はうまい」が販売された事実があるにしても、それは原告会社の宣伝、販路拡張によるものではなく、問屋筋から稀に極く少量が流出したに止まり、原告主張の如く、販路ということはできないのである。

又、原告は原告会社が年間五十万円に上る売上高があり、全国的に著名な食料品会社となつた旨主張するが、原告会社の売上高は最盛時においても月間一万五千円を以つて最高とするものであり、又、全国的には殆んど知られていない会社であつたのである。

なお、仮に、原告会社の関係においては、戦前において知られたものがあるとすれば、これは原告会社の名称が知られたものではなく「是はうまい」という名称が知られたにすぎない。

(4)  原告は原告会社が戦後は昭和二十五年夏にいたり生産を再開したと主張するが、

原告会社は昭和二十九年にいたるまで約十年間に亘り全然休業していたものであつて、この間、被告会社代表取締役社長阿部末吉が、もと、原告会社の専務取締役乃至代表取締役であつた関係から原告会社に対し、しばしば事業の再開を勧めたにも拘らず昭和二十九年にいたるまで事業を再開しなかつたものであつて、原告自ら認めるが如く今日においても「未だに戦前の実蹟を回復するに至つていない事情」である。

原告会社は右の如き戦後長期間に亘る休業によつて、仮に戦前においては原告会社の商号が周知性乃至顕著性を有していたとしても、戦後においては全く群少企業体の一にすぎず「広ク認識セラルル」ものとは到底いい難いのである。

(5)  原告は、原告会社の商号は「是はうまい」の名称とともに、広く認識されて今日に至つた旨主張するが、「是はうまい」の名称は、原告会社の商号乃至と相まつて、一般に知られて来ているのではなく、単に商品の品質を誇張する文字として商標登録の対象ともならないものであり、原告会社において、その専用権も有しないものである。

「是はうまい」と原告主張の如き図案を以てしたラベルは既に訴外森田州太郎氏において昭和六年当時から使用していた事実は同氏の昭和六年十二月三日登録第二三〇四五二号商標によつて明らかであり、又他にも例えば田中吉興業株式会社が同様のラベルを使用し、昭和二十五年十月二十四日登録第三九〇九七号を以て商標登録した事実等もあるのであつて、尚これら両例ともに「是はうまい」の文字自体については権利を要求しないこととして商標登録を受けているのであつて、原告会社のみが「是はうまい」なる名称につき専用権を有するのではない。

又、原告会社の商号並びにの商標は小企業体である原告会社「設立時資本金十九万五千円で昭和二十九年まで増資されなかつた)のそれとして業者及び一般需要者間には原告主張の如く周知せらるる程度に著名のものではなかつたのである。

(二) 被告に不正競争行為の有無

次に原告は被告会社が原告会社と類似商号、類似商品名を使用していること、並びに右は不正競争の目的による使用であることを論結しようとして詳細主張している。

(1)  類似商号か否か

なるほど被告会社はその商号に「丸美屋食品工業株式会社」なる文字を使用し、又その商品になる登録商標を使用し「是はうまい」なる名称を付したふりかけ食を製造販売している。

然しながら被告会社の右各使用は原告会社において何ら容喙することのできない適法な使用なのである。

すなわち、

被告会社は昭和二十六年四月一日丸美屋食品工業株式会社なる商号を以て設立されたのであるが、右商号は原告主張の如き株式会社丸美屋食料品研究所とは同一又は類似の商号ではない。

けだし、そもそも類似商号か否か認定の基準は商号の主要部分が同一又は類似しているため世人をして混同誤認を生じさせる虞があるか否かによつて決定すべきである。(大判大正六年(オ)一〇三二号、同七年一月二六日、民録二四輯一六一頁、同大正八年(オ)九八〇号、同九年五月二四日、民録二六輯七五三頁、同昭和一〇年(オ)二六三号、同年六月八日、新聞三八五三号一六頁、評論二四巻商法二八二頁)然るに、被告会社の商号と原告会社の商号とはその主要部分において同一でないことは固より類似するものともいえず、且つ原告会社の業態からみても、何ら世人をして混同誤認を生じさせる虞がないものであるからである。

(2)  商品の混同

又、原告は被告会社が、原告会社のふりかけ食と甚しく商品の混同を生じさせていると主張するが、被告会社の使用にかかるレツテルは原告会社のそれとは業者は固よりのこと一般需要者と雖も混同するおそれのないものである。

(三) 営業上の利益侵害

不正競争防止法における保護の客体は営業的または人格的活動によつて獲得した経済的利益である。(奥野健一氏「不正競争防止法に就て」法曹第十二巻第六号、萼優美氏「条解工業所有権法」五二九頁以下)。

而して特定商人の営業上有する右の経済的利益を不正に利用して不当に自己の営業を有利ならしめんとする者を抑圧せんとするのが同法の立法趣旨である。

故に本法の適用は本件についていうならば、被告会社の行為時(会社設立、営業開始)において原告会社が被告会社以上に営業的活動をなしていたことを必要とする。しかるに前叙の如く被告会社の設立は原告会社の休業後六年余も経過した後のことであり、その当時原告会社はなんらの営業的活動もしていなかつたのであるから、原告会社には不正競争の対象たるべき経済的利益は全く存在しなかつたのであり、被告会社の行為により原告会社に営業上の損害を発生する余地がない。従つて本件はそもそも不正競争防止法の規整すべき対象となりえないものである。

二、原告の商法第二十条第一項に基づく主張(前同第五項)に対して、

原告は、その主張の既登記商号と被告会社の商号が類似商号であることを前提として、右法条に基づき商号の差止請求権があると主張するが。

(一) 類似商号か否か

被告会社の商号が原告会社のそれと類似しないことは前叙のとおりであるから、こゝでは被告会社の右商号の使用が原告主張の如く不正競争の目的に出でたものではないことを明らかにする。

(二) 不正競争の目的の有無

右法条には「不正ノ競争ノ目的ヲ以テ」と規定されているが、「不正競争は刑法学上の所謂目的犯に該当するものであつて競争の目的というのは主観的には競業を遂行せんとする意図あることを要する。単なる認識あるのみでは足りぬ。此の意図なき行為は本法の不正競争行為にならぬ。」(奥野健一氏「不正競争防止法に就て」――法曹第十二巻第六号参照)ところ、後述の如く、被告会社には右の如き不正競争の目的がない。(なお、「不正ノ競争ノ目的ヲ以テ」とは「原告の既登記商号の有する信用乃至経済的価値を自己の営業に利用する意図のもとに被告の商号を使用するもの」とする。東京地裁昭和二十二年(ワ)第二三八八号、昭和二十六年一月十七日民八判、下級民集二巻一号四十七頁参照。)

(1)  被告会社設立の経緯

被告会社代表取締役社長阿部末吉は原告会社設立当初から専務取締役であり、昭和十五年頃から代表取締役であつたところ、原告会社は昭和二十年三月工場及び施設を罹災焼失したのである。

戦後は原告会社代表取締役社長渋谷龍一郎が生活に窮していたので阿部は手許不如意ながらも渋谷の求めにより援助していたが、昭和二十一年三月九州熊本市に本店を移転した原告会社はその後一向に営業を開始しないので、阿部は昭和二十二年、二十三年にかけて、渋谷に対し、原告会社の再興を約十回に亘り勧告したが、これに対し、回答もよこさない始末であつた。

そこで阿部は自ら昭和二十六年四月被告会社を設立したのである。

従つて被告会社の右設立当時は原告会社はその商号不使用の期間が既に約六年間に亘つていたのであつて、もともと世人は原告会社の商号乃至商標を周知していたわけでもないので、この当時は六年間の不使用と相まつて完全に忘れ去られてしまつていたのである。

而して被告会社は設立以来工場施設を充実し、全員一丸となつて社業の発展に尽し、前叙の如く巨額の宣伝費を投じて全国の著名新聞三十種にも連続広告を掲載するなど、その製品特に「是はうまい」の宣伝、販路の拡張に努力した結果、月産一万貫、従業員社員百数十名を有する著名な食料品会社となつたのである。

(2)  以上の次第で被告会社の発起人、従員中にもと原告会社の関係者がいたからといつて、原告会社は被告会社設立当時既に六年間も休業状態にあり、世人が何ら関心を有していなかつたのであるから、かゝる原告会社に対し不正競争の目的を以つて被告会社か丸美屋食品工業株式会社なる商号を以つて設立されたものとするのは全く当らないのである。

(3)  又、原告は被告会社代表取締役社長阿部末吉が虚偽の宣伝をしている旨主張するが、かゝる事実は存在せず、更に被告会社が「是はうまい」の名称を盗用し、菱型ガラス壜を使用し、ラベルの図案を盗用していると主張するが、

「是はうまい」の文字は単に自己の商品の品位、品質を主観的に優良なことを誇示するに過ぎないものであるとして、商標法上、商標的価値がないものと認められているもので、前叙の如く、他にも「是はうまい」なる名称をふりかけ食のみではなく、他種食料品にも使用している第三者があるのであつて、被告会社の「是はうまい」の名称使用は原告会社に対し盗用とはならず又、その商品と混同を生じさせることはないのであるから、「是はうまい」なる字句に対し、原告会社は被告会社に対し、これが使用を差止める権利を有しないものであり、又原告会社はその登録商標としては単にのみを有するに止まるのであるが、被告会社は昭和二十五年十一月一日出願、昭和二十八年三月十九日商標登録第四二二七七四号を以て登録された商標を有するのであるが、これは外観は横楕円形を外輪として中央上部に更に円形輪廓を現し、その中にの文字を、その下に「是はうまい」と五文字を横に右より左方へ向つて明記され、その他波模様、海苔模様の図案を配したものであつてこれが全形商標登録されているのである。従つて被告会社の「是はうまい」又はラベルの使用は登録した商標権の行使であり、また菱型ガラス壜も原告会社に専用権があるわけではないから、いずれにしてもこれらの使用を盗用と主張することは失当である。

三、以上によつて被告会社の商号使用は原告主張の原告会社の商号が不正競争防止法施行地域内において広く認識せられていないばかりでなく、被告会社それと同一又は類似でもなく、更に被告会社には不正競争の目的もないから原告の本訴請求は全部失当である。

第三、抗弁並びに再抗弁に対する反駁

一、抗弁

(一) 被告会社は昭和二十六年四月二十一日設立以来、昭和二十五年十一月一日出願、昭和二十八年三月十九日、商標登録第四二二七七四号を以つて登録された商標(横楕円形を外輪とし中央上部に更に円形輪廓を現し、その中にの文字を、その下に「是はうまい」と五文字を横に右より左方へ向つて明記し、その他波模様、海苔模様の図案を配した全形登録商標)を使用してふりかけ食「是はうまい」の製造販売をなし、その販路は全国に及ぶにいたつたところ、原告会社は昭和二十年三月から昭和二十九年まで約十年間も休業していたのに、被告会社の右の如き販路の拡張、業蹟隆々たるをみて、これに便乗して昭和二十九年に到り、九州の一角においての商標を用いたふりかけ食「是はうまい」の販売を開始するにいたつた。

そして原告会社からの申入れに端を発して被告会社と原告会社は話合をした結果、昭和二十九年三月二十七日、両会社間に左の契約が成立した。

(1)  名称、商標は従前通りとする。

(2)  販売区域は被告会社は四国、本州、北海道とし、原告会社は九州一円とする。

(3)  被告会社は原告会社に対し、金五十万円を昭和二十九年中に支払う。

なお、右契約当時既に被告の製品が九州地区にも若干販売されていたので、右契約締結の際、当事者はこの既成事実を認め、被告会社の製品につき九州地区においては今後積極的に販売量を増大しない限り従来程度の販売を認めることを特約したのである。而して被告会社は右金五十万円を昭和二十九年十一月末日までにその支払を完了した。

(二) 従つて仮に被告会社の商号、丸美屋食品工業株式会社の使用が過去において原告の本訴請求の如く差止められるべきものであつたとしても、右昭和二十九年三月二十七日の契約によつて、当事者はその商号、商標、商品名、商品容器等を従前通り使用することを互に容認し、その製品の販売区域を右の如く区分して以て原告会社と被告会社間の従来の関係を円満に解決して右契約に基づく両会社の爾後の発展を約したものであるから、原告は被告に対し本訴請求にかゝる権利主張をなし得ないものであるから失当として棄却されるべきである。

(三) 原告は右契約は商号使用の点には及ばないと主張するが、右契約は前叙の如く、両会社の製品の市場における衝突をさけるため、両会社の製品の販売区域内においては各々その商号、商標等の「名称」の使用を従来通り互に認めたものであつて、両会社がその販売区域をまもる限り両会社の間においては今後一切問題が起らないことになつたものであつて、原告は右販売区域を無視して九州地区以外、特に東京方面に進出するための一策として商号は右契約に含まれない等の虚構の事実を主張するものである。

二、再抗弁に対する答弁

原告の第四準備書面、第三段、第(二)項記載の被告の抗弁に対する再抗弁に対し左のとおり答弁及び主張する。

(一) 再抗弁に対する認否

(イ) 同(イ)項につき

1、原告が昭和二十九年十月二十六日付一両日後到達の書面を以て、被告に対し、その主張の契約を解除する旨表意したことは認めるも

2、その余は否認する。

(ロ) 同(ロ)項につき

1、被告が昭和二十九年十月下旬原告からその主張の如き契約解除の意思表示をうけたこと、原被告間の前記契約には原告主張の如き特約があつたこと並びに原告が昭和三十一年四月二日付、同月三日到達の書面を以て被告に対しその主張の契約解除の表意をしたことは認めるも、

2、その余は否認する。

(ハ) 同(ハ)項につき

1、原告の昭和二十九年十月二十六日付内容証明郵便には原告主張の如き記載があることは認めるも、

2、その余は否認する。

(二) 再抗弁に対する反駁

(イ) 原告は、昭和二十九年七月下旬及び同年十月九日付書面による履行の催告に基づき同年十月二十六日付一両日後到達の書面を以て、その主張の契約を解除したと主張する。

しかしながら右主張は全く失当である。

すなわち、

(1)  原告は被告が右契約締結後、右契約に違反してその製品たるふりかけ食を九州全域に亘り引続き販売したと主張するが、右契約には前叙の如く被告会社製品の九州地区への販売に関する特約があつたのであつて、被告は昭和二十九年三月二十七日、右契約成立後は右の特約に基き九州地区に於ける販売量を積極的に増大することなく、右契約成立前と同程度以下の販売をしたにすぎないのである。しかも昭和三十年七月下旬以降は原告との間の紛糾を慮り九州地区への販売を停止して今日に至つている。従つて被告には原告主張の如き契約違反の事実は皆無であるから、原告主張の契約解除は解除原因を欠き無効である。

(2)  原告は昭和二十九年七月末頃、被告代理人阿部章次に対して口頭を以て原告主張の中止方を申し入れ履行を催告したと主張するが、

右の如き催告の事実は全然ない。却つて昭和二十九年七月二十日には当時原告会社の本店所在地であつた熊本市に赴いた右阿部章次と原告会社代表者渋谷龍一郎との間において前叙同年三月二十七日付契約を再確認する契約書を作成調印しているのであつて、この一事を以ても原告の右主張が全く虚構であることは明らかである。

(3)  また、原告は昭和二十九年十月九日付書面を以て被告に対し、その主張の如き履行の催告をした旨主張するが、右催告の事実はない。

また、かりに原告主張の右書面が履行の催告になるとしても相当の期間を定めての催告ではない。即ち、原告の主張によれ同年十月九日催告し、同月二十六日に契約の解除をなしたことになるが、その間僅か十七日に過ぎず、本件の如き九州地区一円に於ける製品販売の停止が右の如き短時日でなし得るということは不可能なことであり、少くとも三カ月位の期間は必要であつたといはねばならないから、これを催告としてなした同年十月二十六日付一両日後到達の書面による契約解除の表意はその効力を生じない。

(4)  原告は昭和二十九年十月二十六日その主張にかかる本件契約解除を表意したが、それより後である同年十月三十日頃と同年十一月三十日頃の二回に亘り、いずれも本件契約の代償金五十万円のうちの残額として各金十万円宛を受取つている。

このように原告が契約解除の表意後に契約金の残金を受領しているという事実は原告において契約解除の真意を欠いたものというべく無効であるといわなければならない。

従つてまた、仮に契約解除の表意が有効であるとしても、原告自らその表意後に卸つて同年十月三十日頃及び十一月三十日頃、右各金十万円を受取つたことにより契約解除の意思表示を取消乃至撤回したものといわなければならない。

(ロ) 原告は昭和二十九年十月二十六日附契約解除の意思表示があるので改めて履行の催告を要しないから昭和三十一年四月二日附同月三日到達の書面により本件契約が解除されたと主張するが、

被告には従来本件契約につき不履行の事実なく、況んや原告主張の如き昭和二十九年十月二十六日附契約解除の意思表示が到達した後も違反行為を繰返した事実は全くない。既に主張せる如く、特約に基づく極めて少量の製品が九州地区に流れたことはあるが、これを捉えて債務不履行であるということはできない。特に昭和三十年七月二十九日販売禁止仮処分事件につき被告会社代表者阿部末吉は御庁に対し、上申書を提出して争をさけるため九州地区への販売をしない旨上申したほどあつて、その後も九州地区に製品を売出すことなく今日に到つている。

(ハ) 原告は前叙十月二十六日付書面が履行の催告となり同四月二日付書面により契約を解除した旨主張するが、

右十月二十六日付書面には履行の催告と認めるに足る記載はなく、また仮に右書面が履行の催告になるとしても、原告が契約を解除したと称する昭和三十一年四月三日よりはるかに数ケ月前に既に前叙の如く被告の契約不履行の事実は消滅しているから、右契約解除の意思表示は解除原因を欠き無効である。

準備書面

原告 株式会社丸美屋食料品研究所

被告 丸美屋食品工業株式会社

右当事者間御庁昭和三十年(ワ)第五五六七号商号使用禁止等請求事件につき被告は左の通り陳述する。

「九州地区販売について」

一、原告は被告が本件販売協定に違反して九州地区へもその製品を販売している旨主張してその立証として甲第十八号証の一乃至三(興信所の調査報告書)及び甲第十九号証の一乃至六(店頭の写真)を提出した。

しかしながら原告の右主張が失当であることはすでに被告において陳述主張したところであるがなお原告提出にかゝる前記書証に対する反証を蒐集したので、これを乙第十七乃至第二十三号証、第二十四号証の一、二、第二十五、第二十六号証(各問屋又は小売店の証明文書)並びに第二十七号証の一乃至十九(被告会社専務取締役大槻房吉の調査報告書)として提出する。

二、そこで九州地区販売に関する甲乙各証の関係を図解説明したのが別紙図面である。図面のうち

(一) 黒で記載した分は原告の提出にかゝる書証に基づく販売系統を示し、なお括弧内は甲号証の番号を示す。

(二) 赤で記載した分は被告の提出にかかる書証に基づく説明であり括弧内は乙号証の番号を示し括弧外の記載はその系統における最終の仕入時期を示す。

三、別紙図面と後に提出する乙第二十八号証(九州地区への品物送付状況)とを併せて考察すれば被告には原告主張の如き本件協定違反がなかつたことは明らかである。

図〈省略〉

準備書面(原告第五)

第一、被告の昭和三十二年二月八日附準備書面(被告第四)中、第三の二の(二)「再抗弁に対する反駁」(4) の主張に対して。

一、被告は、先ず、原告が契約解除の表意後に契約金五十万円の残金を受領している事実は、原告において契約解除の真意を欠いたものというべく無効なる旨主張する。

(1)  しかし意思の欠缺による意思表示の無効は、元来表意者の保護を目的とする制度であるから、表意者たる原告自らが無効を主張しないのに、相手方たる被告がこれを主張するのは不合理であり、許されない。

(2)  意思の欠缺には、心裡留保、通謀虚偽表示および錯誤があるが、被告は前記主張において、そのいずれを指称するのか明らかにしていない。被告が錯誤を主張しているとも考えられず、況んや通謀虚偽表示を主張するものとも考えられないから、恐らく心裡留保を主張するのであろうか?意思表示の効果については、意思主義と表示主義との対立あり、表示に伴う意思を欠く場合はこれを無効とする、との一般原則は存在しないから、被告は右のいずれの場合を主張するかを明らかにする必要がある。

(3)  仮りに心裡留保を主張するものと解するとして、民法第九三条は、原則として表示通りの効果を生ずるものと規定しているのである。例外として、相手方が真意でないことを知り又は知ることを得べかりしときは無効とされるが、被告はかかる例外の場合に属することを全然主張するところがない。

加えて、本件において、解除の意思表示が到達したのは昭和二十九年十月二十八日頃であり、主張の残金受領の時期は同年十月三十日(これより早いことはあり得ない)頃および十一月三十日頃であるから、仮に原告に解除の真意がなかつたとするも、右表意の当時に、被告が原告の真意がないことを知り又は知ることを得べかりし状況になつたことは明白であるから、民法第九三条但書の場合に該当することは、あり得ないのである。

(4)  そもそも被告主張の契約金五十万円は、原告にとり著しく不利な内容を有する契約事項を原告が承認したことに対する対価、謂わば承認料の性質を有する(乙第五号証の二契約書第三項参照)のであつて、右契約が締結された以上、被告は原告に対しその支払の義務あり、その後における契約の運命如何に拘らざるものである。まして、本件における如く、被告が右契約に違反したため、原告から契約を解除されたからといつて、その支払義務を免れる謂れはないから、偶々被告が右所謂契約金を約束手形を以て支払つたために、契約解除後に期日到来した二通分金額合計二十万円を受取つたとするも、解除の真意がなかつたものということはできない(尤も、右契約が当初から無効とすれば、不当利得の問題となることは勿論である。)。

二、つぎに、被告は、右解除の表意が有効とするも、その表意後に前記残金を受取つたことにより、原告は契約解除の意思表示を取消乃至撤回したものである、と主張する。

(1)  しかし取消なるものは、無能力、詐欺、強迫等一定の法定原因ある場合に限りこれを許されるものであるところ、被告は右原因については触れるところがないから、右取消の主張は、未熟であり、答弁の限りでない。

(2)  つぎに、契約解除の意思表示は、撤回を許さない、となすこと民法第五四〇条の明定するところであり、右撤回の主張は明らかに失当である。

第二、被告の抗弁事実に対する弁駁

被告主張の昭和二十九年三月二十七日附契約について、第一次的弁駁として、次の再抗弁を追加主張する。

一、昭和二十九年三月二十七日原被告間に締結された契約は、原告が該契約に関連する重要事実を誤解し、契約の要素に関する錯誤に基いて締結したものであるから無効である。

(1)  右契約締結の動機は、原告会社初代社長甲斐清一郎の大正年間の考案に係り且つ原告が多年使用して来た商標およびラベルにつき、被告が僅少の変更を加えたのみで自社の商標として使用していることを原告が抗議したことに端を発しているが、被告は原告からの抗議に対し、既にラベルの全形について商標登録を受けている旨主張し、逆に裁判も敢て辞せず、原告の「是はうまい」の名称使用に対し商標権者としての立場から使用制限の措置を考慮するとの強硬態度を示し来り、かくて原告は俄かに従来の抗議態度を急変して、将来「是はうまい」の販売上支障を蒙る危険を除くため当時の営業の本拠である九州における原告のラベル使用に対し将来支障を与えないとの被告の保証を得ることに腐心し、原告より求めてかかる契約を締結したものである。従つて右契約書(乙第五号証の一)には、その間の消息が如実に反映されており、即ち、製品「是はうまい」の販売に関し、第一項として名称(是はうまいの名称の意)商標は従前通りとすると規定し、原告はこの契約を以て将来被告側の名称、商標の使用を認めるということだけでなく、同様に原告側の名称、商標の使用につき被告の承認を求めるとの態度を表わし、更に契約当時の原被告両会社の名称商標の使用地域(是はうまいの販路、勢力範囲)を標準として第二項の販売区域が定められているのである。

(2)  然るに原告は、昭和三十年一月特許庁の商標原簿を調査した際、被告の商標は本来その商標中「是はうまい」の文字自体につき権利を要求せずとして登録されている事実を発見した。その結果原告は前記契約の締結に当り契約の重要な目的である「是はうまい」の名称につきこれと密接な関連をもつ被告の商標中「是はうまい」の五文字が権利不要求の部分であることに気付かず(通常の注意力、日常の知識経験を以てしては、事柄の性質上、かかる例外事実の存在は到底認識し得ないところである)、被告の所謂全形商標の登録ありし以上は、原告が「是はうまい」の名称を使用することに対し差止の効力があるものであり、従つて被告の権利行使の前には原告の立場も危くなるものと誤信していたことが明らかとなつた。而も右の錯誤は、右契約の重要な要素たる「是はうまい」の名称に関するから、かかる錯誤に基いて締結された契約は当然無効である。

二、右契約は、商法第二四五条所定の営業の重要なる一部の譲渡又はこれに準ずる契約に該当するところ、原告は株主総会の特別決議を経ていないから、無効である。

右契約は、その効果として、原告に九州以外の旧得意先に「是はうまい」を直接販売することを禁止することを目的とし、その結果として広く全国に亘つた得意先回復の機会を失うこととなる反面、被告は九州以外の広い地域における原告の旧得意先を自己のものとして完全に確保することとなるわけであり、双方当事者はこの自然の成行結果を予測し且つその効果の発生を意図したものである。されば右契約により原告の営業のうち最も重要なる一部である「是はうまい」の販売に関し、得意先関係、販売の機会等の事実関係を含む営業を被告に対して譲渡したこととなる。これは商法第二四五条第一項第一号後段所定「営業ノ重要ナル一部ノ譲渡」に該当し、仮りに然らずとするも、会社の重要行為一切につき特別決議を必須とした同条の法意に照らし、少くとも営業の重要なる一部譲渡に準ずる契約として同条を類推適用すべき場合であるから、株主総会の特別決議を経なかつた右契約は無効である。

準備書面(被告第五)

原告の昭和三十二年九月九日附準備書面(原告第五)に対する反駁

第一、同準備書面、第二ノ一の追加主張(再抗弁)に対して

原告は昭和二十九年三月二十七日原被告間に締結された契約は、原告が該契約に関する重要事実を誤解し、契約の要素に関する錯誤に基づいて締結されたものであるから無効であると主張しているが、これに対し被告は左のとおり陳述する。

(一) 同準備書面第二ノ一(1) 項記載の事実に対して

原告は、本件契約締結の動機として原告が被告の商標使用に対し抗議したことに起因するが、被告が右抗議に対しラベルの図案全形について商標登録をうけている事実を主張し、裁判も辞せずとし逆に原告の「是はうまい」の名称使用に対し商標権者としての立場から使用限度の措置を考慮するという強硬態度を示した為、原告は俄に態度を変えて自己の営業を支障なからしむるため、進んで本件契約を締結したものであると主張する。

然し乍ら右契約成立の事情は次の通りである。

即ち、被告会社は昭和二十六年四月設立以来「是はうまい」の製造販売をなし、その販路が全国に及び隆々たる実績を挙げるに至つたところ、原告会社は昭和二十年三月から昭和二十九年まで約十年間休業していたが、被告会社の隆盛振りを嫉視するに至り(昭和二十二年、二十三年における阿部よりの渋谷に対する原告会社再興の約十回にわたる勧告には何等の回答もなさなかつたものであるが)、昭和二十八年末頃にいたり先づ弁理士と称する川口(弁理士の資格を有するや否やは判然とせず)をして被告会社に対し商標商号等の使用に関する抗議を申入れさせたので、被告会社は訴外阿部章次を代理人として昭和二十九年二月に熊本に派遣して原告会社の抗議に対する善後策を協議させたところ、原告会社側は代表者渋谷龍一郎及びその代理人である米川一男(渋谷龍一郎の妻の兄)竝に右の川口がその会談に参加したが、原告会社側は本件を金銭的に解決することを提案し、被告会社の前社長である亡甲斐清一郎の未亡人甲斐リヨウの困窮を救済する意味で、且、又現在渋谷自身も経済的に困つているからその事情も加味した上一ケ月一万円の割合による十ケ年分の計百二十万円の半額を基準として金六十万円を一時金として出して貰えば被告会社の商標、商号、「是はうまい」の表示については勿論、その営業には一切文句を言はないとの趣旨の事を申入れ、之に対し右阿部章次が即答を避けたところ、右会談の夜、原告会社の代理人である右米川は更に阿部章次を旅館に訪問して右の六十万円を五十万円に下げて「此の五十万円を社長の阿部末吉さんに承諾させてほしい。そして阿部さんも渋谷との関係をすつきりさせて仕事をした方がよいだろう」と申入れ、阿部章次が之に対し「三十万円位で何とかしてくれぬか。」と頑張つたところ、更に米川は右の五十万円を出してもらうかわりに地域協定を結ぶことを提案しその結果急速に成立するに至つたものであつて、本件契約成立のポイントが被告会社よりの五十万円支出にかかつていたことは極めて明白である。

右契約成立の過程に於て右の阿部章次が被告会社の商標も既に登録を受けたものであつて異議を唱えられる筋合のものでないことを主張したことはあるであろうが、全形登録を楯に取り逆に原告会社の「是はうまい」の名称使用に対し使用制限の措置を考慮するというが如き強硬態度まで取つたということは絶対に無い。此の契約の成立にはそのような息詰まるような場面は全然見られず極めて円満友好裡に成立したものであつて、この当事時阿部が渋谷に土産物を持参し、渋谷側の米川一男が阿部章次を熊本見物に案内し、且つ渋谷が阿部に名物の朝鮮飴を土産に贈つたなどした位であつて、原告会社が被告会社に圧服されて已むなく本件契約を呑んだというような事情は毫末もなく、従つて原告会社の右主張は後になつて考え出したこじつけに外ならない。

(二) 同準備書面第二ノ一(2) 項記載の事実に対して

原告は、本件契約締結の後である昭和三十年一月にいたり被告の商標はその商標中「是はうまい」の文字自体については権利不要求ということになつているということを発見したが、契約当時は右事実を知らず、原告は通常の商標の如く右部分についても当然他の使用者に対し差止の効力があり従つて原告の立場も危くなるものと誤信していたことが明となつたが、此の錯誤は本件契約の重要なる要素である「是はうまい」の表示に関することであるからかゝる錯誤に基いて締結された契約は当然無効であると主張している。

以下この点について検討する。

(1)  被告の商標中「是はうまい」の文字自体については権利不要求となつていることは原告会社の主張する通りである。然し乍ら右の事実を契約当時原告が知らず、従つて右の部分経ついて他の使用者に対し差止の効力があり原告の立場も危くなると誤信していたとの点は絶対に首肯出来ないものである。

何となれば、被告の昭和三十二年二月八日附準備書面(被告第四)二の一の(一)の(5) に於て触れているように、「是はうまい」は単に原告被告のみが製造販売しているものではなく契約当時他にもこれを製造販売している会社が既に数社あつたのである。

(イ) 森田州太郎氏は既に昭和六年当時から昭和六年十二月三日登録第二三〇四五二号商標登録により「是はうまい」を製造販売し、

(ロ) 田中吉興業株式会社も昭和二十五年十月二十四日登録第三九〇九七号商標登録により右同様「是はうまい」を製造販売し、

(ハ) 日興食品株式会社も「是はうまい」を製造販売していた。而して右の森田州太郎、田中吉興業株式会社の商標はいづれも「是はうまい」の文字自体については権利を要求しないこととして商標登録をうけているのであり(乙第三号証の一、二の記載内容より明瞭である)、もともと「是はうまい」の文字は単に商品の品位、品質につき主観的に優良なことを誇示するものに過ぎず、商品に慣用せられる表示であつて、商標法上商標的価値が少いものとされているのであつて、本件契約当時には既に右のように数社が「是はうまい」を製造販売していたのであるから、昭和五、六年頃より原告会社の仕事に携り更に昭和十七、八年頃より「是はうまい」の本舗と自負する原告会社の代表者となつていた渋谷龍一郎がその営業に重大なる役割を占める「是はうまい」の商標につき普通人以上の知識経験を持つていたことは当然であり、その渋谷が右の他社の商標につき調査もなさず「是はうまい」の文字が権利不要求となつている事実を知らなかつたということはあり得ないことであり、むしろ「是はうまい」の業者として自社にも登録商標を有する原告が此の程度の商標智識を持つていることが通常であつて、従つて本件契約当時被告の商標中の「是はうまい」の文字が権利不要求となつていることを知らなかつたということも絶対にあり得べからざる事なのである。

(2)  しかも本件契約締結以前、原告は弁理士と称する川口某を東京に派遣し商標等の問題につき被告会社を訪問せしめた事実があり、此の際原告が右の川口に特許庁の公報を調査せしめなかつたということも到底考えられないことである。

(3)  原告が昭和三十年一月に此の事実を知つたのであれば、何故原告は昭和三十年七月以来始つた本件訴訟竝に別訴たる仮処分異議事件(東京地方裁判所昭和三十年(モ)第一一〇五九号事件→東京高等裁判所昭和三十一年(ネ)第一六三号)の当初より此の錯誤の主張を提出しなかつたのであらうか、この主張は右の仮処分異議事件の控訴審の終結近き段階に於て(昭和三十二年七月十九日渋谷龍一郎の本人尋問の日)はじめて主張されたものであり、又、原告がこの点にはじめて気がついたと称する昭和三十年一月以後である原告の被告に対する昭和三十一年四月二日附の内容証明郵便に於ても何ら「要素の錯誤」については触れておらず、訴訟開始以来約二年間原告は本件契約については専ら契約を解除した旨の主張に終始していたものであることは原告のこの新たなる主張が全く苦し紛れになされた詭弁に過ぎないことを物語るものである。

(4)  乙第五号証の一の契約第三項には被告が原告に対し金五十万円を支払う旨記載され、同号証の二には右金員は「前二項ノ承認ヲ得タル代償トシテ」贈与する旨規定されている事からしても本件契約が被告の圧力又は欺罔によつて締結されたものではなく却て被告が自己の登録商標につき後日の争をさけるため原告の承認をえた代償を提供していることが明かである。

(5)  原告が本件契約を締結したのは、自らも認める如く、当時九州地区の販売だけしか予定しておらず又それだけの能力しかなかつたことと金五十万円という当時における相当額の金員が欲しかつたからであつて、商標問題について自己の方が押されるなどと考えてしたものではない。

前記仮処分異議事件の控訴審に於て渋谷龍一郎は契約当時の原告会社の経営内容からいつて九州だけでよいと考えた……と供述している

(三) 原告が要素の錯誤として主張せる事実は要素の錯誤ではなく動機の錯誤にすぎないものである。しかも右の如き動機は被告に対し表示されていないのであるから民法第九十五条の主張をなし得ないものである。

原告は商号、商標、商品名、販売地域につき金五十万円を受取ることとして本件契約を締結したものであり、その表示した意思通りの法律効果が発生したものであるから錯誤なるものは存在しないのである。

(四) 又かりに原告にそのような要素の錯誤があつたとしても、契約当時自社にも登録商標を有する原告が同種の商標について調査研究もせず、被告会社の商標につき公報の記載内容も調査せず商標に関して本件契約を締結した行為自体原告に重大な過失があつたものであるから、原告自ら其の無効を主張することは許されないのである。

第二、同準備書面第二ノ二の追加主張(再抗弁)に対して

原告は本件契約は商法第二百四十五条所定の営業の重要なる一部の譲渡又はこれに準ずる契約に該当するところ原告は株主総会の特別決議を経ていないから無効であると主張するが、

(一) 商法第二百四十五条は契約によるコンツエルン関係(法律上独立した企業が経済上の目的のために統一的指揮の下に結合するもの)の設定につき株主総会の特別決議を要することを定めた規定であつて、同条第一項第一号にいわゆる営業の譲渡とは組織的一体をなす営業財産を譲渡し、かつ譲受人をして譲渡人の経営者的地位を引継がしめる契約である。本件契約はもともと原告と被告がコンツエルン関係の設定を約したものでもなく、又本件契約は原告主張の如く被告に於て九州以外の地域の原告の旧得意先を完全に確保することになり、かかる効果の発生を契約の目的としたとしても、原告会社につき右の如き営業の物的組織又は人的組織のいづれをも譲渡したものではないから、これを目して営業の重要な一部の譲渡に当るということは到底できない。

本件契約は単に販売地域を分けたにすぎないのである。

(二) また同条第一項第二号に「其ノ他之ニ準ズル契約」とはその前に掲げられている「他人ト営業上ノ損害全部ヲ共通ニスル契約」即ち「利益共通関係の設定」に準ずる契約のことであつて、こゝに利益共通関係とは数個の企業間において損益全部につき共通関係を設定する契約であるから、本件契約の目的が原告主張の如くであるとしても、右の「其ノ他之ニ準ズル契約」に入るものとする理論は全く成立たないのである。

従つて原告が本件契約の締結につき株主総会を経なかつたことは当然であり本件契約は有効である。

準備書面(原告第六)

一、再抗弁の追加

(これは、昭和三十一年十二月四日附準備書面(原告第四)の第三の(二)の(イ)と(ロ)との中間に位置すべきものである。)

(1)  原告の被告に対する昭和二十九年十月二十六日附内容証明郵便には「被告の製品は契約後現在迄引続き九州全域に亘り販売されている。これは契約違反行為であつて被告には契約履行の意思なきものと認めざるを得ない。因て原告は契約を解除する。被告が昭和二十九年十一月十日迄に何等の意思表示を行わぬ場合は原告は被告がこれを承認したものと看做す」旨の記載があり、これは催告期間を昭和二十九年十一月十日までと定めた履行の催告並びに停止条件付解除の意思表示とも解し得るので、仮に右内容証明郵便の到達と同時に解除の効果を生じないとするも、被告はその後も右契約違反行為を継続したまま右催告期間を徒過したから右期間の経過と共に契約は解除されたものである。

(2)  仮に右昭和二十九年十月二十六日附内容証明郵便によつては、契約解除の効力なしとするも、右内容証明郵便における前示記載は、少くともこれを以て有効な履行の催告と認めるべきところ、被告はその後も依然契約に違反して九州地区への販売を継続した(契約成立後も昭和三十年七月下旬までは九州地区への販売を継続していたことは、被告の自認するところである)から、原告は昭和三十年一月二十七日附書面を以て被告に対し右契約を解除する旨の意思表示を発し右書面は同月末頃被告に到達したから右到達と同時に契約は解除された。

右解除は、前記履行の催告のときから相当期間と目すべき三カ月(この点につき被告は三カ月位が相当期間である旨自陳している)の期間経過後になされたものであつて、固より有効である。

(3)  仮に右(2) の契約解除がその効力なしとするも、原告は昭和三十年一月十九日被告会社代表者阿部末吉と対談した際直接口頭を以て右契約を解除する旨の意思を表示したほか、その頃から同年三月中旬頃まで数回に亘り原告代理人弁護士宮崎梧一をして右被告会社代表者と対談または電話等にて交渉せしめたことあり、その際同代理人を介して被告の九州地区不法販売を原因として契約を解除する旨意思表示をしたから、前記(2) に指摘した履行の催告と相俟ち遅くとも昭和三十年三月中旬頃右契約は解除により終了したものである。

二、再抗弁の撤回

昭和三十二年九月九日附準備書面(原告第五)の第二記載の再抗弁は、不必要と思料し、これを撤回する。

準備書面(原告第七)

第一、乙第五号証の契約締結の意義等について(事情)。

(一) 契約締結の意義

阿部末吉は戦後「丸美屋阿部商店」或は「丸美屋食品」を僣称してふりかけ食の製造販売を開始し、その販売に当り原告会社と同様の「是はうまい」の名称を用い、この名称に原告の登録商標に真似たのマークを組合せたラベルの全形(乙第一号証)を自己の商標として特許庁に登録を出願した。

右被告のラベルは、原告が昭和の初め頃考案して以来丸美屋の是はうまいのラベルとして長年使用され取引者並びに需要者間に周知著名な標章となつていたところの原告のラベル(甲第四十五号証)と殆んど同一であり、商標法第二条一項八号・九号により明らかに登録の許されない商標であつたところから、出願人名義を被告会社に変更した上被告会社は原告会社の後身であつて原告の周知標章たるラベルも当然被告の保有する権益でありその使用権があるように見せかけ大胆に虚偽の事実を記載した書類(甲第十四及び二十二号証)を提出し遂に昭和二十八年三月十九日特許庁の登録をうけたのであるが、その商標中「是はうまい」の文字については権利不要求の条件を附して登録されたのである。そして被告は爾来公然右ラベルを使用してきた。

その頃原告会社は既に昭和二十七年中明治屋福岡支店との取引関係を復活し(甲第三十二号証)、明治屋の全国支店網を通じて製品の販路拡張と戦前の得意先回復に懸命であつたが、被告は丸美屋本家たる原告会社の出現により販路の混乱並びに信用の失墜することを恐れ、これが対策に腐心していたものの如くである。原告は被告の是はうまいのラベルの公然使用を不審に思つたがそのラベルが全形について登録あるものとは知らず、まして原告会社を害する背信的な不正登録の行為があろうとは到底考えも及ばなかつたので昭和二十八年末被告に対しラベルの使用につき抗議を申入れたが、逆に被告から原告の未知を奇貨としてつけ入られ、その裏を掻かれて本件の契約を結ぶ結果となつたのである。

この契約は、被告が原告に対する不正競業によつて奪取した営業地盤を確保し且つ原告の進出を押えんとする政略的意図の一環として、しかも後記の如く原告を欺いて、成立させたものである。

(二) 契約の趣旨

契約締結に先行せる原被告間の係争事項は、夫々が従前使用してきたラベル自体であり(甲第四十五号証、乙第一号証)昭和二十九年三月二十七日の契約はこのラベルの相互関係の調整を目的としたものである。同日の契約締結に際して作成された契約書(乙第五号証ノ一)は、冒頭に製品「是はうまい」に関する取極めである旨を明記し、第一項に「名称、商標は従前通りとする」と定めている。

被告のラベルはと是はうまいの名称との組合せよりなり、該名称を含む被告の商標の全形が原告から問題として争われたのである。原告の方は、と是はうまいの名称との組合せのラベルで、自体は原告の商標であつてもともとそれについては争いがなく、被告から問題とされるべきはラベルの中単に「是はうまい」の「名称」についてのみであつた。

次にこの第一項は、第二項で「販売区域甲は四国、本州、北海道、乙は九州一円とする」と規定されたゝめ、一部修正され原被告は夫々の区域内に於てのみそのラベルの使用が許されるのである。而してその結果原被告は夫々の区域外に対して商標及び是はうまいの名称を表示すること換言すればそのラベルを使用することによつてふりかけ食を販売することが禁止されているのである。

双方のラベルの併存使用を認める以上は類似性より不可避的に生ずる「是はうまい」製品の誤認混同は当然予想し得る事態なので、これを緩和するための合理的調整の一方法として販売区域以外に各自のラベルを使用した是はうまいの製品を販売することを相互に禁止したところに本契約の趣旨があるのである。

(商標の比較)被告の商標は乙第一号証にみる如くふりかけ食の名称「是はうまい」を商標自体の構成部分としており、そのため用途はせまく是はうまいのラベルだけにその使用が限られ商標登録の際の指定商品も魚粉、海苔、胡麻等を主材として成るふりかけ食にのみ限定して登録されているのもそのためである(乙第一号証)。而して右契約が是はうまいの販売に関するものである以上、被告の商標使用についてはこの契約が全面的に適用されることは当然である。

原告の商標は乙第二号証にみる如くの文字商標自体であり、食料品及加味品一切を指定商品として登録され、商標使用の範囲は被告のそれよりは遙かに広汎である。甲第四十五号証の是はうまいのラベルは原告の商標使用の一態様であり、原告は右のラベルの如く「是はうまい」の名称と共にの商標を使用する場合に始めて右契約の適用を受けるに至るのである。

(三) 昭和二十九年七月二十日附契約書案(甲第三十一号証)の存在意義

本件契約の目的事項は原被告の従前使用し来たつた是はうまいのラベルであり、被告側にとつてこの契約は是はうまいのラベル即ち被告の登録商標自体に関する取極めであるが、原告としてはの登録商標自体は当初から契約と無関係で別段被告にその使用について承認を受くべき理由もなく、唯原告側は被告の商標中是はうまいの文字部分が権利不要求なるを知らず、被告から由緒ある是はうまいの名称使用の制限を受けるものと誤信した結果、「是はうまい」の名称使用に関し被告の承認を確保したわけである。この名称、商標の規定が本契約の本質的部分であり重要な原則規定なのである。

昭和二十九年七月二十日附で別途に被告が作成した契約書案、(甲第三十一号証)は被告本位の立場で起草されているので、よく当時の被告側の意思を推測し得る。同案では原告の立場やその認識内容に対する考慮が払われず、契約の本質の理解を欠いており、専ら被告の意図の下に書かれているので、その第一項は単に「商標」を規定するに止り「名称」を落している。これは、是はうまいのラベル即商標の立場にある被告の考え方だけからすれば右第一項は商標のみを規定すれば十分だからである。

契約書案第二項は製品販売区域を規定するが、その「製品」が「是はうまい」を指すものであり、契約の適用に当つては被告の商標(是はうまいの名称を含むラベル、乙第一号証)を表示した製品又は原告の商標及是はうまいの名称(以上二つを組合せたラベル、甲第四十五号証)を表示した製品を意味することになるのは第一項の契約の原則が働く当然の結果である。又乙第五号証ノ一の契約書の前文にこの契約が製品「是はうまい」に関する取極めである旨を限定的に明記していることから既に争の余地なき問題でもある。もともと原告の商標自体は本契約の対象となつたことはなく契約の前後に於て何等その効力に消長を来たすものではない。僅にその使用態様の一である是はうまいのラベル(甲第四十五号証)として使用することに於て契約上制限を受ける場合があるにすぎないのである。

これに反して、被告の商標は原告とは全然その事情を異にし、その商標と本契約との関係は特に検討する必要がある。何故ならば、被告の商標は特許庁の登録処分に違法があるため、被告は自己の商標に附着した瑕疵(原告の立場からは隠れたる瑕疵である)を絶えず自覚し、原告との交渉乃至契約を通じて自己の商標防禦策の一環として右商標(ラベル)の使用につき原告の承認を得て置こうとしたのである。併し被告は右の契約に際し自己の商標の瑕疵の内容を原告に対し卒直に告知しなかつたから(寧ろ逆に原告の未知を利用して後記の如く欺罔行為を用いた)、右契約によつても被告の商標権の瑕疵は全然治癒されず後日原告に不正登録の事実を発見され無効審判を請求されるに至つたのである。

されば乙第五号証ノ一の契約書(渋谷社長が作成)の記載内容は被告側にとつてその秘されたる商標防禦の目的より見れば必ずしも十分でなかつたことが諒察できる。そこで被告は商標の防禦と紛争に備えて更に原告との間の契約を公正証書に作成しておく必要を感じたものの如く、残金二十万円の支払に際しこれが実行を企図しその目的に使用するため契約書案の同文二通(乙第五号証ノ二、甲第三十一号証)を新たに作成し、その第一項、第二項(既述の通り)に次いで第三項には明白に「被告は原告より前二項の承認を得たる……」との強い表現形式を用い、被告の登録商標について殊更原告の承認を得たと印象づける規定の体裁を整えたものである。当時の被告の意図がよく露呈されているというべきである。しかしこの公正証書作成の計画は瓦餅に帰した。即ち昭和二十九年七月二十六日頃熊本に赴いた被告代理人阿部章次によつて原告に対し提案されたのであるが、当時既に被告は九州地区に対する本契約違反の行為をしていたゝめ原告からその不信を理由に公正契約は拒否されて失敗に終つた。

かくの如くして本件の契約は商標権に関し究極に於て被告を利する結果を収め得なかつたから、右経過の下に作成された被告の契約書案はその作成目的を秘する意味に於て飽くまでも単なる契約の再確認用のものであるとして被告は主張している。しかし前記成立の経過からみてこれは「契約書案」と目すべきものであり、その表現形式や記載内容に徴するも原被告間の契約の本質的内容は三月契約と全く同一で何等改変を受けておらず、寧ろ右契約書案の存在自体が当事者の意思を一層明瞭ならしめているのであつて契約の真相を示す意義に於て重要なものがある。

第二、再抗弁の追加

(一) 契約成立上の瑕疵(詐欺、錯誤)

(1)  被告が特許庁に対し是はうまいのラベルの商標登録の出願のため為した虚偽事実の申立は、その内容が原告会社の権益を害すること明かであり、更に登録の暁には不正商標の公然使用が可能となり、原告の商標権及周知標章の使用権に重大な侵害をもたらし、商標法の上でも第二条一項八・九号違反として無効審判の原因たる違法を生じ且つ第三十五条一号の商標権詐獲の不法性により被告の登録商標には重大な瑕疵が附着している。これは被告のラベル即商標自体が問題とされ、その商標の使用を目的事項として本契約を締結するに際しては当然契約の前提となる基本的事項としては信義則上被告より原告に告知し事態の正確な認識の下に原告を置くべきである。被告はそれを逆に自己が登録をうけた商標権者である旨を強調し原告に対する関係に於て最も不法性を有する前記瑕疵の存在については全然黙秘して原告に告げなかつたのであり、右不告知は明らかに被告が原告を欺罔する意思を以てしたものと認められ、その結果原告は錯誤に陥り被告の商標権を完全なものと誤信し、これによつて原告は被告のラベルについて抗議を断念しその使用を認むる外なきものと判断し、且又原告のラベル中是はうまいの名称使用に対して被告の全形商標には差止の効力が含まれているものと誤解したので、その旨の被告の欺罔に因り九州以外の地域について被告から該名称の使用を禁止されたと同様の状態を認め、九州地区に於ける原告側の該名称の使用を確保する趣旨に於て本契約の地域協定を承諾したものである。

右の場合、原告は第一に被告の商標の登録に重大な瑕疵の存することを知らず右登録あることを理由に被告の商標乃至ラベルの使用を承諾し、第二に被告商標中「是はうまい」の名称自体が権利不要求であることを知らず被告から該名称使用について制限を免れぬものと考えて九州地区以外にこれを使用しない旨承諾したものであるから、原告の右承諾の意思表示は夫々動機に於て重大な錯誤があり且効果決定の要素として右動機は表示(被告に諒解されている)されているので、右意思表示は要素の錯誤により無効である。

(2)  仮に然らずとするも、右は詐欺による意思表示である。原被告間には別に御庁民事第十六部に昭和三十一年(ワ)第一三八九号販売禁止請求事件の訴訟係属中であるが、原告は右訴訟において前記意思表示を詐欺によるものとして取消す旨表示した昭和三十三年八月十五日附準備書面を同裁判所に提出し、右準備書面副本は遅くとも同年同月二十日の右訴訟の口頭弁論期日までには被告に送達されたから、右送達と同時に本件契約は失効したものである。

(二) 商標の正当使用義務違反による契約解除

商標の正当使用義務

原被告間の契約は相互に類似商標の使用を規制する目的をも有するので、第一項には「名称商標は従前通りとする」(乙第五号証ノ一)或は「原被告両者の使用する商標は従来通り現在使用中のものとす」(乙第五号証ノ二)と規定して各自の商標について正当使用義務を厳格に履行すべきことを契約上相互に確認しており、互に類似使用の範囲を拡大したり類似性を一層強化するが如き態様に於て商標の使用を行うことを厳に禁じたものである。相類似する商標間にあつては相互に商標権の侵害を避けるべく配慮し、できる限り各々の商標はその登録に於て公示された固有の形状(定型)を以て使用されるべきことは商標本来の性質から当然の要請であり、右契約も亦これを前提としているものである。

被告の右使用義務違反による契約解除

被告は右契約に基づく正当使用義務に違背し原告の登録商標に一層接近させた並にを被告の商標としてその製品全般に表示し、又と他の商品名称を組合せたラベルを使用したので、原告は被告に対し昭和三十二年八月三十日付内容証明郵便にてその使用禁止を催告した。之に対し被告はを被告の登録商標と詐称して妨害排除の仮処分を申請し、昭和三十三年六月二十七日東京地方裁判所民事第九部柳沢裁判官によつて審尋がなされ(被告の登録詐称が発見され、事件は保留となる)原被告双方の代表者が右判事室にて相会したことあり、その際も口頭を以て再度右禁止を催告したが被告は頑として応ぜず依然として右の違反を継続しているので、原告は被告に対し昭和三十三年十月八日発信翌日到達の内容証明郵便を以て右契約を解除した。

よつて被告の抗弁はその理由がない。

準備書面(被告第六)

「原告の昭和三十三年七月二十九日附準備書面(原告第六)に対して」

同準備書面第一の再抗弁の追加に対する答弁

一、同準備書面第一の(1) 項記載の事実について

(1)  原告は昭和二十九年十月二十六日附書面を以つて催告期間を同年十一月十日とする停止条件附契約解除の意思表示である旨主張するが、右主張は全く牽強附会の論であつて、かゝる主張が成立たないことは同書面を一読すれば明かであらう。右書面によれば、同書面を以て契約解除の意思を確定的に表示しており、停止条件附云々ということは成立たない。

(乙第七号証仮処分異議事件の第一審判決書理由(被保全権利の存否)(三)御参照)

(2)  その余の主張は否認する。

二、同(2) 項記載の事実について

(1)  原告主張の内容証明(甲第十六号証)は前叙の如く確定的な契約解除の意思表示をしただけで「有効な履行の催告」ということはできない。

又、原告は昭和三十年一月二十七日附書面(甲第三十三号証)を以て契約解除の表意であるとするが、右書面は原告会社代表者である渋谷龍一郎個人から被告会社代表者である阿部末吉個人宛の私信であるからこれを以て原被告間の契約を解除する書面とみなすことは到底できないばかりでなく、又右書面の全文を熟読するも原告主張の如き契約解除の趣旨を見出すことはできない。

(同書面末尾に「右の事情をよろしく御考察願い賢明なる貴君の御反省と善処方を熱望して擱筆致します」とあるに留意)

(2)  その余は争う。

三、同(3) 項記載の事実について

(1)  原告は昭和三十年一月十九日被告会社代表者阿部末吉と対談した際直接口頭を以て右契約を解除する旨の意思表示をしたと主張するが、右主張事実は全く事実無根であるので之を否認する。

(2)  原告は又、その頃から同年三月中旬頃まで数回に亘り原告代理人弁護士宮崎梧一をして被告会社代表者と対談または電話等にて交渉せしめた際、同代理人を介して右契約を解除する旨意思表示をしたと主張するが、かゝる事実も亦、全くの事実無根であるので全面的に之を否認する。

(3)  従つて昭和三十年三月中旬頃右契約は解除により終了したとの原告の主張は全く理由のないものである。

(4)  右の(1) (2) の対談交渉というのは、原告が被告に対して右の契約成立後であるにも拘らず更に商号、商標等の使用料を支払つてくれないかという虫のよい交渉をして来たことを指すのであつて、契約解除の意思表示をしたなどというのは後になつて考え出した苦し紛れの全くのこじつけの主張であるに外ならないのである。

準備書面(被告第七)

「原告の昭和三十三年十一月十八日附準備書面(原告第七)に対して」

第一、前記準備書面第一段に対して

原告の第一段における主張は本件契約の成立並びに存在という厳然たる事実を否定し、自己の真向からの契約無視を合法化しようとして縷々陳弁するものであり、本件訴訟に無関係なことが多いので簡単に触れるに止める。

本段における原告の主張は全部争う。

一、同(一)「契約締結の意義」について、

(1)  原告は被告が虚偽の事実を記載した書類等を提出し、不正に商標の登録を受けた旨主張するが

被告の商標登録は合法的になされたものであり、又、それなるが故に特許庁もこれが登録を認めたものである。

原被告間の特許庁における係争事件の審判によつてこの間の事情は明らかとなるであろう。

(2)  又、原告は本件契約は被告から「つけ入れられその裏をかゝれて」締結したものであり、被告が不正競争によつて奪取した営業地盤を確保し、原告の進出を押えんとする政略的意図の一環として成立したものである旨主張する。

しかしながら本件契約は原告自らも認める如く、昭和二十八年末、被告に対し商標商号問題の抗議を申入れ(原告はこの抗議をラベルのみに関するものと主張するがそれは誤り)たことから締結されるにいたつたものでそこには原告主張の如き作為乃至欺瞞はない。(乙第四十八号証民事十六部昭和三一年(ワ)第一三八九号販売禁止請求事件における証人米川一男調査参照)なお、原告は「裏を掻かれて」と自らの野望が達成されなかつたことを認めていること、竝びに本件契約は当時原告の本店所在地であり、その代表者である渋谷龍一郎の住所地であつた熊本市において四十五才の俊敏にして分別ある渋谷自らが米川という渋谷側の六十才の老練の士の助言の下に被告の代理人である若輩三十五才の阿部章次を相手方として折衝の上、締結されたものでかゝる登場人物の関係からしても原告が「つけ入れられ」たり「裏を掻かれ」たりすることがありえないことは明らかであることに留意されたい。

二、同(二)「契約の趣旨」について

原告は本件契約の内容についてまことに自己に都合のよい解釈を試みているが契約当時の真実を無視した空論にすぎない。

(1)  本件契約の第一項は「名称、商標は従前通りとする」のであつてこれは商号、商標製品等一切を含めて規定したもので原被告間の一切の関係につき将来の紛争を避けようとする趣旨であり、原告主張の如く原告と被告について別異の意味をもつものとする勝手な解釈が成立つ余地はない。

(2)  第二項も原告主張の如くラベルの使用に関する地域を決めただけでなく第一項をうけているものである。

(3)  原告は本件契約は是はうまいのラベルのみに関するものであると極言し、原被告の商標の範囲を比較する

しかしながら

「契約締結に先行する原被告間の係争事項は」原告主張の如きラベルのみではなく商号、商標製品名一切である。

又、原被告の商標はいづれも指定商品は第四十五類であつて類を同じくするものであることに留意されたい。

三、同(三)「昭和二十九年七月二十日附契約書案の存在意義について、原告は本件契約が全製品に関する契約ではなく「是はうまい」のみに関するものであると論結しようとして縷々陳述するが

(1)  本件契約の目的に関する原告の主張は前述の繰返しでありそれに対する反駁も前陳のとおりである。

(2)  原告は乙第五号証の二を以て「公正証書の契約書案」であるとするが有効な独立の契約書であつて原告主張の如きものではない。

1、第一項に「商標」とあるだけで「名称」が落ちているがこれは乙第五号証の一の契約書と同趣旨である。

2、第二項は「両者の製品」全部につき契約したものであることを明らかにしている。

3、第三項は金五十万円の趣旨を明白にしたものである。

(3)  原告は被告がいかにも何らかの意図を以て計画的に乙第五号証の一、二の契約を締結させたかの如く主張するが被告にはかゝる意図は全くなかつた。原告は自らが本件契約締結後これを全面的に無視する暴挙を敢てしながら顧みて他をいうものといわざるをえない。

第二、同準備書面第二段に対して「再抗弁の追加に対する答弁」

一、同(一)「契約成立上の瑕疵(詐欺、錯誤)」について、

(1)  同(1) につき

1、原告は被告がその商標の瑕疵につき不告知であつたから「欺罔する意思」があつたものとし、このため錯誤に陥つた旨主張するが

被告の商標は特許庁において登録された有効なものであり又、被告はこれを有効なものと確信しているのであるから瑕疵云々ということは考える余地もないことで原告に告知しないことは当然である。

被告はその商標の瑕疵なるものは被告独特の理論構成によつて始めて生れた言葉であつて適用する論ではない。

2、又、原告はその主張する如く、大正六年以来、登録商標を有し、ふりかけ食の製造販売をして来た業者であつて、戦前から他にも同種業者が登録商標(とくに「是はうまい」につき全形登録)を有して営業をして来ており(乙第三号証の一、二、乙第十三号証参照)代表者渋谷龍一郎は、戦前から既にその代表者として終始して来たものであるから既にその代表者として終始して来たものであるから、この一事を以てしても原告乃至代表者が商標の内容効力等につき原告主張の如き誤解をする筈はないばかりでなく、本件契約に先行して原告は被告の登録商標につき弁理士をして充分に研究させた上原告自ら認める如く、昭和二十八年末に被告に対し、商標に関する抗議を申入れた事実があることからも原告主張の錯誤がありえないことは明らかであろう。原告の錯誤の主張は仮処分異議事件の控訴審判決でも排斥され(乙第三十六号証の一)かつ、原告自らも昭和三十三年七月二十九日の本件準備手続期日において錯誤の主張を撤回した事実がある。

3、その他錯誤の主張に対する反駁は昭和三十二年十一月二十五日附準備書面第一の(一)(二)に於て詳細陳述した通りである。

(2)  同(2) につき

原告は右の詐欺による意思表示であるとするが被告には原告主張の如き欺罔の事実はなく、事実無根の主張である。

東京地方裁判所民事第十六部昭和三十一年(ワ)第一三八九号販売禁止請求事件(本訴被告を原告とするもの)が係属中であつて原告がその主張の如き準備書面を(被告として)同裁判所に提出しその副本が原告主張の日頃、被告(同訴訟の原告)に送達されたことは認むるも被告には欺罔の事実はないのであるから、本件契約失効の主張は之を争う。

二、同(二)商標の正当使用義務違反による契約解除の主張について、

(1)  「商標の正当使用義務」について、

1、原告の主張はすべて争う。

2、原告は本件契約につき商標の使用について「正当使用義務」なるものを殊更に強調しているが本件契約の主眼とするところは原被告が商号、商標、商品名、商品容器等を従前通り使用することを相互に容認し、且つその製品の販売区域を区分して、原被告間の一切の関係につき将来の紛争を避けようとしたものである。

従つて原告は右契約に於て、九州地区以外に於ては被告に対して原告の商標権より発生する一切の権利行使を放棄したものに外ならない。

原告は契約の第一項についてのみの解釈を試みているようであるが契約の第一項と第二項とは不可分の関係に於て考察すべきものである。

(2)  「被告の右使用義務違反による契約解除」について。

1、(イ) 原告より昭和三十二年八月三十日付内容証明郵便が被告に到達したことは認めるも

被告は契約義務違背として並にマークの使用禁止の催告をうけた事実は存在しない。

(ロ) 原告主張の日時に原被告双方の代表者が東京地方裁判所民事第九部判事室にて相会したことはあるがその際原告が口頭を以て右禁止を催告したとの主張は事実無根である。

(又被告の登録詐称が発見されたなどということはなく妨害排除の仮処分申請は審尋の際、原告代表者が爾後、中傷行為を中止する旨誓約したので被告に於て右申請を取下げたのである。)

(ハ) 原告が被告に対し昭和三十三年十月八日発信翌日、到達の内容証明郵便を以て右契約の解除を表意し来つたことは認めるが

被告には契約に基く、何等の義務違背も存在しないから、原告の右契約解除は解除原因を欠き無効なるものである。

2、被告には契約上の義務違背なるものは全く存在しない。即ち、被告には原告の主張する如き契約に基く商標の正当使用義務違背なるものは毛頭存在しない。

(イ) 前叙のとおり本件契約に於ては地域を分けて商号、商標等の使用を相互に容認したものであるから、原告は被告に対しては九州地区以外に於ては原告の商標権より発生する一切の権利行使を放棄したものである。

従つて被告に於て並にを被告の商標としてその製品に表示し、又と他の商品名称を組合せたラベルを使用したことがあつてもそれは九州地区以外に於てなされたことであるから、本件契約違反になるということは絶対にあり得ないことである。

(ロ) かりに万歩を譲り地域協定が商標にまで及ばないものであるとしても被告の右行為は契約違反となるものではない。

即ち被告がそのふりかけ製品に使用している登録第四二二七七四号商標はを要部としてこれに其の商品に慣用する海草の如き図柄を附飾配色し、「是はうまい」の文字を現して成る全形商標であつて、会社設立当時より、本件地域協定成立の時は勿論今日に至るも引続いて使用しているものである。

而して、原告がそのふりかけ製品に使用している登録第八六八六〇号商標はのみであるに拘らず被告の右、全形商標の海草の如き図柄を之に附飾配色し、更に「是はうまい」の文字を現すなどして自己の登録商標を附記変更して成るラベルを製品に使用していたことは明な事実である。

而して昭和二十九年三月二十七日の本件地域協定が成立した頃には被告は既に右の全形商標を製品に使用するは勿論、製品の容器である菱型瓶の蓋や梱包用ボール箱などにのみを商標として使用していたものである。

従つて右の地域協定の際、原被告が「名称、商標は従前通りとする」と定めたことは登録、商標のみに限定したものではなく、当時両者が実際上使用していた商標や商号の使用を相互に容認したものに外ならないのである。

又、其後、被告が一部の製品に(是はうまい以外)の商標を使用していたことはあるが之は原告が本件地域協定を大々的に破つて本店を東京に進出させて以来、被告の営業を妨害する目的を以て、被告の東京方面の御得意先に悪質な中傷行為をなした際、被告がよりの方がつまらぬ争を緩和してよいのではないかというので一部の商品に使用したものであるが、契約当時の使用が容認されている以上、外形称呼に於て殆んど変りのないの使用が契約違反となる筈はないのである。

そもそも、右契約はその成立時の事情よりして明なようにがに似ているではないかということを原告が問題として採り上げた所に出発点があるのであつて、右契約で相互に之が使用を容認した上はの使用はもとよりのこと、外形的によりもに接近していないの使用が契約に違反するということは到底あり得ないのである。

尚原告は本件契約は「是はうまい」についてのみの契約であると主張しているものであるが「是はうまい」には被告はの商標を使用した事実は全くない。従つて原告の右主張よりするならば被告が「是はうまい」以外の製品にを使用したことを以て、契約違反であるとすることは原告自ら本件契約が両社の全製品にわたるものであることを自認したものであつて、原告は重大な矛盾を犯している。

以上、原告の主張を反駁して来たが之を要するに原告の主張はすべてが勝手極る捏造小細工の攪乱戦術と見ると外はない。本件契約成立の経過を正視し、且つ契約成立後の原告の行為を眺めてくるとき、原告の本件訴訟に於ける数々の主張はすべて自己の徹底的な契約違反を正当化し、且つ被告会社の堅実なる事業発展を嫉視してその営業妨害を企図している以外に何物もないのである。

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